(2006年07月01日)

〈同塵舎詩話@〉

起承転結論(1)
日本唱歌の歌詞にみる起・承・転・結


全漢詩連常務理事  窪寺 貫道

日本唱歌の歌詞にみる起・承・転・結

 漢詩の絶句を作る為の入門書を見ると、必ず幾つかの作法ルールが述べられて居る。それに続き、大抵の本には起・承・転・結の説明がある。頼山陽が作ったと謂われる端唄が例として、?々引用されているので、それを読んだ人は漠然とではあるが、起・承・転・結の概念を理解されているかと思われる。

 又、何首かの絶句の例を挙げ、丁寧に解説している入門書もあるが、筆者の経験によれば、私の教室に出ている人で、可成りの数の詩を作っているにも拘わらず、四句の内容が混乱した侭の詩が少なくない。換言すれば、四句の役割りを完全に理解できていないのである。起・承・転・結はどうも分り難いようである。

 其処で更めて四句の役割に就いて復習してみよう。

起句 起句と言われているように、詠じたい事をスタートさせる。
承句 [う]ける句であるから、起句で言い足りない事を詠じ、この二句で一つのセットを構成すると考えて差支えない。
転句 転換する句、つまり起句と承句で詠じた事と別の情景や考え等を述べて変化させる。
結句 起句から転句まで詠じた事を纏めて、自分の主張を完結させるのであるから最も難しい句である。前三句と全く関係の無い事を言ったのでは結句にならない。結句の良し悪しで詩全体の良し悪しが決まるのである。

 然らば、漢詩での起・承・転・結はどうなっているのか、更めて見る事にする。

     竹里館        王維
起句 独坐幽篁裏
ひとりで奥深い竹林の中に坐り
承句 弾琴復長嘯
琴を奏でたり深呼吸(一種の健康法)をする
転句 深林人不知
このような人里離れた処など誰も知らないが
結句 明月来相照
明月だけが私を尋ねて照してくれる

 この詩では、起句で作者が竹林の中で独りで坐っているが、何をしているか分らない。処が、承句を見ると琴を弾じたり深呼吸をして悠々自適を楽しんでいる事が分る。即ち、作者自身が存在する情景を起・承句で詠じている。それで転句はどうなっているか。このような浮世離れの場所を他人は知らないと言って、自身の居る前二句の場所と自身の描写を踏まえつつ、「他人」を持ち出して場面の転換を図った。そして、結句では起・承句の事を他人は知らないが、月は知っている、と結んだのである。

 このように起・承・転・結の役割をこの詩は良く説明している。この要領で作れば良いのだが、実際に詩を作る段になると分らなくなる人が出て来る。何故分らなくなるのか考えた結果、どうも起・承・転・結が漢詩の世界だけにあって我々の日常的なものではなく、馴れていないから分らないと思い込んでいるのではないか。それでは日本人にとって日常的、或いは馴れ親しんで来た身近な中には皆無なのかと探している中に、子供の頃に歌った唱歌にあるし、新聞の4こま漫画にもあるという事に気が付いた。以下、本稿の主題である日本唱歌の起・承・転・結に就いて述べる。

  鉄道唱歌(東海道篇)      大和田建樹
汽笛一声新橋を
  はや我汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる
  月を旅路の友として

 恐らく誰でも知っていると思われるこの歌詞が、実は起・承・転・結になっているのである。即ち、

 第一句の「汽笛」は、題が「鉄道唱歌」になっているから汽車の汽笛に違いないが、若し題が無ければ、汽車の汽笛か、船の汽笛か、或いは羅宇屋の汽笛か分らない。又、「新橋」とあるが、新橋の何処か分らない。処が第二句で「我汽車」とあるから、「汽笛」は汽車の汽笛であり、「新橋」は新橋駅だと分る。これが起句と承句の関係である。つまり、各々がその役割を果しているのである。

 次に、第三句は前二句が作者の居る情景描写とは異った風景を画いている。汽車が新橋を発車して「愛宕山」の下へ差掛った時、「入りのこる」此処では何が入りのこるか不明だが、第四句を見ると、それは「月」であり、その月を「旅路の友」としたと結んでいる。これだけでは何故「月」「旅路の友」になったのかの説明はない。(詩は元来、説明ではいけないのであるから、説明の無いのは当然である

 説明は無いが、友達にした伏線が第三句にある。即ち、「愛宕山」「新橋」の西にある。従って汽車は西へ進んでいる。「月」は東から出て西へ入る。つまり、汽車も月も東から西へ移動する同行者だから、「旅路の友」になるのである。東北線に乗ったら月は旅路の友にはならない。恐らく、作者は其処まで考えて、歌詞を作ったと筆者は確信している。

 作者の大和田建樹は安政四年(1857)宇和島に生れ、明治43年(1910)に歿した。東京高等師範学校や東京女子高等師範学校の教授を勤めたが、この鉄道唱歌東海道篇は六十六番まであり、更に山陽道篇他ある由だけではなく、幾つもの唱歌を作詞している。これらの歌詞を読むと、手許にあるのはどれもが四行詩であり、(四行詩以外のものがあるかも知れないが)起・承・転・結を意識して作詞しているように思われる。作者が生まれた当時は我が国では漢文学が盛んで、知識人の子弟として、郷里の藩校でその勉強をした由である。

 従って、漢詩の作り方は知っていて当然だった上、恐らく漢詩を作ったであろう。このような時代の背景が、明治時代に入り日本語による唱歌の歌詞に反映したわけであるが、独り大和田建樹のみならず、例えば武島羽衣の「花」、土井晩翠の「荒城の月」、沢村胡夷の「紅萌ゆる岡の花」(旧制三寮歌)、文部省唱歌「冬景色」(作詞者不明)、林古渓の「浜辺の歌」等々がある。読者も四行の歌詞で、起・承・転・結に当嵌ったものがあるか、探すのも一興と思われる。

 最後に漫画に就いて一寸触れたい。新聞に掲載されている四こま漫画は一応、起・承・転・結になるよう漫画作家は考えて描いていると思われる。著作権の問題もあるので、図示出来ないのは残念だが、四こまが起・承・転・結にぴったり当嵌った漫画は例外なく面白い。

 このように漢詩を作る時だけではなく。吾人の身辺にも探せば起・承・転・結になっているものが存在しているので、自然に会得する事が出来るよう触れて欲しい。一度分ってしまえば、格別どうという事ではなくなるのだが。

〈同塵舎詩話〉