(2007年01月01日)

〈同塵舎詩話B〉

起承転結論(3)
後始末について

全漢詩連常務理事  窪寺 貫道

それなりの配慮を

 詩の中に出て来た語や句が、詩全体として見た場合、何の役にも立っていないことがある。つまり、後始末がついていないと言えよう。このように後始末がついていない詩は、初心者の詩では屡々見受けられるので、一体どうやったら後始末をつけることが出来るか、筆者の教室の人達の詩を参考例に採り上げて述べてみたい。

 これと同時に、詩の中の語や句が、前後の脈絡なしに唐突に出て来ることもある。つまり、その語を生かすための伏線が無いか、或いは後始末がつけられていないかの何れかである。

 後始末は伏線と不可分のこともあるが、今回の此の稿では、後始末について述べる。それでは、先ず原作を例示する。

原作 初寒     K氏
小至迎冬草木衰 小至 冬を迎え 草木衰え
敗荷枯柳葉堆池 敗荷 枯柳 葉 池に堆し
風稜蕭寂翻鴉背 風稜 蕭寂 鴉背に翻える
寒気初知日暮時 寒気 初めて知る日暮の時

 この詩の冒頭の「小至」は冬至の前の日のことである。初めて寒さを覚えたという題であるから、どのようにそれを表現したら良いかに作者の工夫が必要となる。

 作者は先ず「小至」を持ち出した。つまり、冬至間近になって、結句で言う如く、やっと初めて寒さを感じたとした。然し、「小至」という特別な日――つまり一年の中で一度だけの日――を出したのだから、これを生かすには、それなりの配慮が必要である。処が、配慮が無い為に浮き上ってしまった。

 他にも直さなければならない個所があるので、起句から見ていきたい。

 先ず、起句では、「小至迎冬」とあるが、「小至」は立冬後であるから「迎冬」にはならない。その為、此処は「庭前」に改める。

 次の承句では、上の「敗荷枯柳」は2つの対語の組合せであるから、その侭でよい。然し、下三字の「葉堆池」は具体的描写の説明調なので「掩閑池」として、「敗荷や枯柳が閑かな池をさえぎりかくしている」として、起・承句で「小至」の庭の景を描写した。

 転句では「風稜」という語が使われている。余り見かけない語だが『佩文韻府』に沈遼の詩に「霰雪雜下風作?」とある如く(?と稜は同じ意)「風がとがっている」「風がさびしい」という意味である。これは良いが、題の「初寒」を何処かで表現したいので、「蕭寂」を削り「初戦|初めておののく」とし、更に「翻鴉背」「歸鴉影」と直した。つまり、転句では「寒い風が吹き鴉は初めておののきながら巣へ帰って行く」として、題の顔を立てたのである。

 こうしておいて、いよいよ「小至」の後始末をつける。其処で「明旦一陽來復時」とした。つまり、小至の翌日は冬至で、冬至の日から一陽来復になるわけであるから「明日の朝から陽気が生じ始めるよ」と言って「小至」に存在価値を与えたのである。

 この詩の添削を終えた後、小至の頃はとっくに寒い筈だから初寒はおかしいとの批評が出るかもしれないと考えたが、近年は南関東では本格的寒さは年が改まってからのことであるから、殊更に異を称える程のことではあるまい。

 以上の添削を整理すると次のようになる。

     初寒      K氏
小至庭前草木衰 小至の庭前 草木衰え
敗荷枯柳掩閑池 敗荷 枯柳 閑池を掩う
風稜初戰歸鴉影 風稜 初めて戦く 帰鴉の影
明旦一陽來復時 明旦 一陽来復の時

「花」を尻取りで使う

 次に、もう一首見る。

原作 重陽賞菊   重陽菊を賞す   D氏
東籬妍麗是陶家 東籬 妍麗 是れ陶家
家?寛平九日花 家? 寛平 九日の花
花制頽齡香馥郁 花は頽齢を制し 香りは馥郁
耐寒含露競相誇 寒に耐え露を含み競い相誇る

 この詩では、起句の「陶家|陶淵明の家」の後始末がついていない。又、「妍麗」は艶しさを感ずるので陶家には合わない。

 承句の「寛平」、転句の「花制」も何を言いたいかわからないので、直したい処であるし、「陶家」の後始末をつけなければならない。

 紙面に限りがあるので細かく説明することは出来ないので、添削後の詩を掲げる。

    重陽賞菊    重陽菊を賞す
東籬C切是陶家 東籬清切 是れ陶家
家?倶香九日花 家? 倶に香る 九日の花
花慰頽齡忘百慮 花は頽齢を慰め 百慮忘る
茅廬亦見耐寒誇 茅廬亦た見る寒に耐えて誇るを

 転句の冒頭「花」を尻取りで使い、結句で我が家でも「亦」「陶家」と同じように菊が咲き、この年寄りを慰めてくれるとして、後始末をつけた。