(2007年11月16日)

同塵舎詩話E

韻府の使い方

全漢詩連常務理事  窪寺 貫道

 漢詩を作る時、大抵の人は韻府を使わなければならない。以前から其の使い方を教えて欲しいという複数の人達が居るので、中級者を対象に、この場を借りて説明したい。

 先ず、韻府の類は相当数あるが、筆者の書架にあるのは、@だれにもできる漢詩の作り方、A詩語集成、B詩韻含英異同辨、C詩韻演p、D韻府一隅、E佩文韻府、F詩韻集成、G圓機活法、H五車韻瑞、であるが、筆者が雌黄する時はDとFを常用している。

 さて、これらの中に@とAは初心者用であるとし、使い方も少し馴れれば分かるであろうから此の二種類は外す。其れ以外の韻府の中で、入手し易いB詩韻含英異同辨(以下『含英』と略す)に就いて使用法を述べよう。其の使用法と言っても、筆者は初心の間はAを愛用していたが(当時は@が無かった)、少し分かるようになった時に偶然Fを買い、使えそうな語や句を探す作業を繰返す裡に使い方を自然に会得したようである。此の段階でAは卒業したが、考えてみると此れを10年間位愛用した経験が役立っていたのかも知れない。

詩を作りやすい韻

「詩韻含英異同辨」の使い方

 試みに「秋夜偶成」という極めて平凡な題で作ることにする。秋の夜の情景を述べるのだが、例えば、庭か何処かで虫が鳴いている、月や星の色が夏とは違うようだ、風が爽やかで涼しい、灯の下で本を読んでいる等々、幾らでも秋の夜の独特な様子が体験、或いは想像出来る筈である。

 其処で具体的に七言絶句を作るが、上の四字を探す場合、前述の@やAを併用するのが望ましいと言うか、手っ取り早い。馴れれば「含英」で探せるが、平仄を知るのに標はついているが、不明の場合は辞書を引かなければならない。先ず、右の情景を表現する語や句を、平仄が合うように並べなければならないが、例えば、秋夜、秋宵、半夜、三更、燈前、燈下、凭几、閑繙のような語は、@やAで容易に探すことが出来よう。

 次に、下の韻字を伴った三字を探すわけだが、詩の本を読んだり、詩を作ったりしている様子を描写する為に、「詩」という上平声四支の韻の字を選ぶ。字の数が多い支韻は詩を作り易い韻である。

 其処で、先ず上の四字を前述の語の中から拾い「半夜燈前」としたが、この下に続く三字を『含英』の支韻の例から探す。そうすると26頁の「時」の中に「獨坐時」がある。これを使い七字続けると、

 半夜燈前獨坐時

 となる。これを起句に使い次の承句をどうするか。前述の「閑繙」を上二字に使えば、起句の二字目の「夜」「繙」で平仄は調う。次に三字目と四字目は後回しにして、下の三字をどうするか。

 其処で、27頁「詩」を韻字にする例が幾つか並んでいるが「百篇詩」を選ぶ。後回しにした三四字目に丁度良い語がこの三字と同じ行の上に「李杜詩」とある。この三字の中、上の二字の「李杜」を借用すると、

 閑繙李杜百篇詩

 という句が出来上った。これで、起句と承句のワン・セットが仕上がったわけである。

 此処で、一寸中断。『含英』に例示されている語や句の平仄に就いては、其の冒頭の頁に「詩韻含英の引き方」が書いてあるので、それを良く理解して、特に平仄に就いては十分注意して使われたい。注意して見れば、辞書を引かなくとも分かると思うが、念の為に辞書を引くのは大いに結構。本当は、普段から辞書を引く習慣を身につけるのが良いのだが。

 さて、次に転句を作る。此処では、起・承句には夜は入れたが故意に述べなかった「秋」を何らかの形で入れなければならない。勿論、この題で作る時、早々と「秋夜」を起句や承句で詠ずるのは、なんら差支えないことは言う迄も無い。

 其処で、転句は次のようにした。

 芸窓風伴庭蟲韻

 芸窓(書斎、芸は藝の略字に用いられるが本来は別の字)に風が入って来たが、その風は庭で鳴いている虫の声を運んできたよと、秋の風情を詠じた。然し、この句の七字の中、『含英』に出ているのは、上平声三江の「窓」の例での18頁の「芸窓」だけである。他の五字は、矢張り前述のように、@やAに出ている例の中から探す方が手っ取り早いであろう。何故なら、下三字に当てる句は、仄韻(246頁以下)から探すのは可成り面倒だからである。

下三字を先に選ぶ

 以上の三句を踏まえて結句を作る。四支の韻の出ている頁をあれこれ捲り適当な字を探す作業をするが、どの字を使ったら結句に相応しい句が出来るかを念頭に置きながら行なう。起・承句では「夜に灯火の下に坐り、詩の本を読んでいる」のだが、転句ではふと気が付くと、読書を止め「自分の居る書斎に風が吹き入り虫の声を運んで来た」(実際には虫の声を風が運んで来るわけではないが、これは詩的表現)として場面の転換を図った。これを受けて、窓から見た外の情景を詠ずることにした。その為に幾つか使えそうな下三字を先に選ぶ方がよい。

 例えば「月挂枝」「月影移」「玉漏遅」「別後思」等々あるが、「月挂枝」を使うことにした。そうすると、上四字をどうするかが次の作業になる。其処で上の二字は、転句で風が虫の声を運んで来たからには、涼しい秋の気配も一緒に運んで来た筈であるから「涼気」という二字を上の二字に当てる。すると其の涼気が何処から来たか、天に満ちていたのだとした。この天に満ちていたという表現を「充天」「盈天」では平凡なので『含英』21頁の「天」の項を見ると「連天」という例がある「天」は下平声一先の韻ではあるが、分らなければ辞書を引かれたい)この結果、結句は次のようになる。

 涼氣連天月挂枝

 これで一応、詩が完成したので整理すると次のようになるが、まだ後日推敲が必要である。

    秋夜偶成 
半夜燈前獨坐時
閑繙李杜百篇詩
芸窓風伴庭蟲韻
涼氣連天月挂枝

 平素、筆者自身が詩を作る時は、韻府を瞥見する程度なので、改まって韻府の使用法を書く段になり些か戸惑いを覚えた。従って、意の尽せなかった処もあるが、懲りずに、次回は『圓機活法』の詩学の部の使い方に就いて書いてみたい。但し、これらの使い方は、どうやら自分で会得するに如くはないようだ、というのがこれを書きながらの実感である。