(2009年08月15日)

同塵舎詩話⑬

起・承・転・結に就いてその七

二松学舎大学漢詩コンクールの高校生の入賞作品の講評     


全漢詩連常務理事  窪寺貫道

広大な天と小さな天の対比

 今回は平成十九年に行われた第二回目の学生漢詩コンクールで、筆者も審査を担当したが、その中から最優秀賞と優秀賞を受けた高校生の詩を、前号に引続いて紹介する。

 今回の題は「山」又は「川」であった。

尚、学年は当時の侭である。

最優秀賞
二松學舎大学付属高等学校 一年 野口 英里名

    夏日偶成  夏日偶成
雨洗長天遠嶺靑 雨は長天を洗い 遠嶺青し
夏深小舎晝閑扃 夏深く小舎 昼 扃を閑[とざ]
輕衫午枕南華夢 軽衫[けいさん] 午枕 南華の夢
醒後東軒一點星 醒後 東軒 一点の星

 夏の半日を淡々と詠じた詩である。

 起句は、雨後の遠景である。この雨は午後の俄雨であろう。その雨が夏の炎天を洗って去った為に、遠くの嶺(やまなみ)が青いとしたことで、暑さも洗われ爽やかな風景が描写された。

 承句は、起句のこの大きな風景を前にして、真夏の作者の家(小舎)では門(扃)を閑[と]じて俗世間から遠ざかっている趣きがある。(閑[かん]には閉ざすとか防ぐとかいう意味もある。)これは起句の遠景に対しての近景で、両句共視覚を用いて作者の居る場所での風景を提示した。

 転句は、起・承句での静かな雰囲気の中で、軽衫(夏の薄い着物)を纏い昼寝をしたとして場面の転換を計った。動詞を使わず名詞だけを並べたことにより、軽やかなリズムが生じた。

 南華の夢とは、『荘子』の中に出てくる荘子が夢で蝶になり楽しんだが、自分と蝶の区別を忘れた故事がある。

 結句は、昼寝から醒めて東の軒端を眺めると、宵の明星であろうか、出たばかりの星が一つ輝いているとした。

 この句も動詞が無く、読み下すと口調も滑らかで、涼しさと静謐が感じられる。同時に起句の広大な天に対し、軒の下から見た小さな天の対比も面白い。

 この詩、難を言えば承句の「昼」と転句の「午」が重複しているので一考を要する。

難しい字を使わずに

優秀賞
二松學舎大学附属高等学校 二年 石川 隆之

    晩春即事  晩春即事
茅舎無人午景深 茅舎 人無く 午景深し
窗前閑坐鳥聲侵 窓前 閑坐すれば鳥声侵す
東郊曳杖春將盡 東郊杖を曳けば 春 将に尽きんとす
芳草徑通新樹林 芳草径は通ず 新樹の林

 この詩は、先ず自宅から東郊に出て、晩春から初夏への季節の移ろいの午後の景色を恬淡と詠じている。

 起句は、誰も居ない小さな自分の家で、作者は午後のしじまの中に居る。

 承句は、窓辺に心静かに坐り、決して噪がしくない鳥の声を耳にしていると詠じた。

 即ち、起句と承句で舞台装置を自宅に設定した。

 次に転句で、舞台装置を東郊に移し場面を転換した。自宅を出て春の野に出てみると、何時の間にか、もう早くも春は終ろうとしている。これは、結句の伏線でもある。

 結句は、香りの良い花の咲く草の小道(春を暗示)を、行く先を決めずに杖を曳いて歩いていると、新しい青々とした樹々(初夏を暗示)の林に自然に入って行く、とした。「芳草径」「新樹林」という句中対を「通」という字が上手く結びつけている。

 このように、此の詩は難しい字を一字も使うこと無く、目で見、耳で聞いた晩春の様子を素直に詠じた。

 唯、今回の課題である「山」「川」が詠じられてないのが残念で、最優秀賞にならなかった理由である。矢張り、課題はしっかり守って欲しい。

都会の夜の暑さと無縁

優秀賞
暁星国際高等学校 一年 早川 紘平

   山莊避暑  山莊避暑
山中酷暑汗如泉 山中の酷暑 汗 泉の如し
白日燒雲三伏天 白日 雲を焼く 三伏の天
迎夕草堂涼意足 夕を迎え草堂 涼意足る
檐鈴搖處臥窗邉 檐鈴[えんれい]揺らぐ処 窓辺[そうへん]に坐す

 夏の真盛り(三伏)に山荘へ行き、暑さから逃れた、という詩である。

 起句は、涼しさを期待して山荘に行ったら大違い。此処も暑さが酷しく、汗が泉のように湧き出る。期待外れも甚しいと、先ず最初に、怨み言を述べているわけである。

 承句は、視線が天に向かうが、天も地上以上に熱くて、ギラギラした太陽が雲を焼いている。正に夏の一番暑い三伏だからだと、起句に続いて真夏の暑さを強調した。

 これは、起句の山荘でも暑いのは、承句の三伏の太陽に原因があるのだよと言っているのに外ならない。

 この起句と承句での夏の暑さに対し、題の避暑がどのようにして得られたかが次の二句で表現されている。

 転句では、夕方になって山の粗末な家(この「草堂」「草」が効果的である)に居ると、十分に涼しさが感じられると詠じているが、山中の家だから昼間の暑さを引きずることはないにしても、これに続く結句がこの「涼意」を上手に引き出している。

 即ち、結句の軒下で鳴っている風鈴に耳を傾け乍ら窓辺に寝ころがっているから、言外に都会での夜の暑さとは無縁だと言っている。

 この「檐鈴揺処」は、詩の中では風が吹いているとか、風鈴が鳴っているとかの表現は全く無いが、風があるから揺れているのであり、従って「チリン、チリン」と音をたてていることが分かるのである。

 その風と風鈴の音の中で横臥して、閑適を楽しんでいる様子が目に見えるような結句である。この様に、山荘で避暑をした様子を、上手にまとめた詩である。