(2010年02月15日)

同塵舎詩話⑮

起・承・転・結に就いてその九

二松學舎大学漢詩コンクールの高校生の入賞作品の講評     


全漢詩連常務理事  窪寺貫道

 前号に続き、今回は平成二十一年の第四回学生漢詩コンクールの高校生作詩部門での優れた詩を紹介する。

 今回の応募状況を見ると、大学生を含めた全体の応募総数は殖えたものの、高校生部門は前年比約二割、減少したのは残念であった。

 又、応募学校数(個人応募も含む)も16校から13校に減り、何時の日か「漢詩甲子園」をやりたいという願望は未だ程遠いが、その為にも本連盟の会員が若い人達への指導をされることを切にお願いしたい。

 さて、今回の詩の題は自由であったが、詩の中に「雲」または「月」の語があればよいとされた。それでは、次の四首を紹介しよう。

難しいことを言わない

最優秀賞
暁星国際高等学校三年 早川 紘平

   海濱避暑  春愁
初月如弓風轉清 初月 弓の如く 風転[うたた]清し
輕衣短屐趁涼行 軽衣 短屐[げき] 涼を趁[お]いて行く
白沙獨歩停 白沙 独歩し 筇[きょう]を停[とど]むる処
十里海灣漁火明 十里の海湾 漁火明らかなり

 作者は前年の優秀賞に続いて、今回は最優秀賞となった。

 此の詩は、夏の夜の涼しさを詠じているが、題が避暑であるにも拘らず、夏の昼間の暑さに言及していない処が面白い。それが前提になって、此の詩が作られたわけである。

 起句は、弓のような三日月が出ている其の場所に風が吹いているが、風は「ますます」清らかであると「避暑」を暗示し、舞台装置とした。

 承句は作者の登場である。「軽衣」「短屐」と対語を使い、夏に相応しい身形[みなり]の作者が涼しさを求めて歩いて行くが、転句で其処は砂浜であることが分るし、「独」で誰も居ないことも同時に分る。そして「筇[つえ]を停めて改めて見渡すと、結句では、それ程長くはない(十里は漢詩では五粁だから)「湾」で漁[すなど]りをしている漁船の燈火が明るいとした。

 このように、此の詩は難しいことを一切言わず、淡々と夏の海辺の景色を詠じ乍ら、読者を涼しげな風景に誘ってくれ、爽やかな気持にさせてくれる効用がある。

優秀賞
福井県立三国高等学校二年 下神 准

   新涼入郊墟  新涼郊墟[こうきょ]に入る
幽人凭几對短檠 幽人 几に凭[よ]り 短檠[けい]に対す
夜坐風軒颯有聲 夜 風軒に坐せば 颯として声有り
蟋蟀鳴窗涼氣早 蟋蟀[しっしゅつ] 窓に鳴き 涼気早し
半簾斜月見秋生 半簾[れん]の斜月に秋の生ずるを見る

 此の詩は、早秋の涼しさが郊墟(いなか)にやって来たという内容である。郊墟とあるから都会ではない家での詩である。

 起句は「幽人」で始まった。これは、自分は人里を離れ静かに暮らしているんだと、些か気取った言い方である。高校二年生であるにも拘わらず、年寄りのような表現だが、漢詩は伝統的に現実離れを受容しているから差支えないし、これが詩の全体の雰囲気を表現する役割を果している。

 さて、その幽人は机に凭って短い燭台の光の中に居るが、決して十分に明るいわけではない。承句の「夜坐」は燭台が点[とも]っているから「夜」は言わずもがな。それは兎も角、軒端に風が「サッ」と吹いた。

 転句では「蟋蟀」(こおろぎ)の声と共に窓辺[まどべ]に涼しさが感じられた。これは承句の風が伏線になっているが、聴覚がもたらした感覚である。結句は視覚である。半分捲き上げられた簾から「斜月」を見ると、しみじみ秋が来たのが分かると結んだ。

 この詩の中の「幽」の他、「短」「半」「斜」の字が、詩の雰囲気を盛り上げている。

侘しい思いをよく表現

優秀賞
東京純心女子高等学校二年 金澤芽依

      客中看月  客中月を看る
旅亭寂寂夜寒生 旅亭 寂々 夜寒生ず
孤客窗前皓月明 孤客 窓前 皓月明らかなり
飄泊如蓬天萬里 飄泊 蓬[ほう]の如く 天万里
終宵無奈故園情 終宵 奈[いか]んともする無し 故園の情

 この詩は、旅に出ている人の思いを詠じているが、このような詩は中国では昔から?[しばしば]作られているので、個性を出すのが難しい。然し、敢えて挑戦した結果、侘しい思いが良く表現された詩になった。

 題の「客中」は旅に出ているあいだという意味だが、元来「客」には故里を離れている人というニュアンスもある。これはさておき、詩の内容を見よう。

 起句は旅籠[はたご]はさびしく、夜になって寒さが生じた。承句では其処に一人で泊った部屋の窓には明るい月の光が差込んでいる。この起句と承句の役割りは十分に果され、作者の置かれている状況が良く分る。

 転句は、此の旅人が一晩だけ旅に出ているわけではない。「蓬」(日本では、よもぎと読んで、もちぐさの意に使うが、本来は菊科のもちぐさのような草で、秋になると根ごと抜け、風に吹かれ方々に転って行く)のように遠くさまよっている此の身にとって、結句で一晩中、どうしようも無く故郷を思う気持が絶えないとした。

 そして、この心を表現する為、「寂寂」「夜寒」「孤客」「飄泊」「如蓬」の語が伏線として使われている。そして、承句の「月」が転句の「万里」と響き相い、結句の「故園情」に万感の思いを重ねる役目を持っている。

 次に、佳作の中から一首紹介する。

佳 作
栃木県立上三川高等学校三年 柴山友紀

    海邉看月  海辺に月を看る
長汀避暑海邉樓 長汀 暑を避く 海辺の楼
白日炎威不暫休 白日の炎威 暫くも休[や]まず
殘照將消晩風起 残照 将に消えんとし晩風起る
黄昏窗外月如鉤 黄昏の窓外 月 鉤の如し

 詩は、夏の夜に海浜の高い建物に登り月を眺めている様子を詠じている。

 起句は、夏の暑い昼間に涼を求めて海辺の楼に登った。承句は、ギラギラ輝いている太陽の熱さが、ずーっと続き、作者が閉口している様子が分る。

 ここ迄は、暑さを避けようとしたのに出来なかったという状況が詠じられた後、転句では待望の涼しさがやって来た。起・承句で大変暑いのを強調してウンザリしているからこそ、陽が西へ傾き風が起ったのが効果的で、ホッとしていることを言外に示している。

 そして、結句では楼の窓から天を望むと、未だ完全に暗くなっていない天に三ヶ月が出ているとした。其処には暑さから解放された心のゆとりを読み取ることが出来て、結句の役割を果していると言えよう。