(2007年11月15日)

音読の楽しさを知る

─ そのきっかけは何だったのですか。

若井田 この活動は、私が教育指導課長時代に始めたのですが、その頃、学力低下が叫ばれたり、長崎で小学生のクラスメイトの殺人事件が起こったり、いろいろ“教育問題”が噴出していました。私はすべての知的活動の基盤は言葉だと思っているので、言葉を大切にして、言葉を習得して、言葉の数をふやさないと、本当の意味での学力、知力はつかない、というのが一つ。

それから、心豊かにしないと子供たちの基本的な生活習慣が乱れる。心を豊かにするにも、何百年何千年と伝えられてきた古典、人々を勇気付けてきた文章に接して心を養う、人と人と出会うのも言葉、自分の感情を表現できなくてモヤモヤして、いわゆるキレてしまう子供、言葉がよく分からなくて、相手の感情が理解できず、よい人間関係がつくれないとか、社会性を育てるのも言葉です。

言葉こそがコミュニケーションの前提です。世田谷には小学校が64、中学校が31校、幼稚園が9そのすべてで言葉を大切にする活動をしよう、とパンフレットをつくり、児童・生徒の全家庭に配布しました。子供だけでなく、保護者にも関心をもってほしかったのです。

昨年から「美しい日本語を世田谷の学校から週間」をもうけて、とくにその一週間は日本語に力を入れよう、ということにしました。これはすべての教育活動、休み時間も給食時間、昼休みも校内放送なども例外なく、日本語を意識する活動でした。

─ いわば全体的な基礎工事ですね。

若井田 はい。その上に立って、やはり授業で日本語を深める教科をつくろう、ということになって、平成16年10月15日に内閣に構造改革特区を申請しました。そして12月8日に認定されました。

─ 日本語特区はほかにもありますか。

若井田 ありません。世田谷区だけです。そのとき英語特区は全国に60くらい、今では80〜90ありそうです。

─ 現場の先生の反応はどうでしたか。

若井田 教科書が出来るまでは、一体どんなことをやればいいのか、なかなかイメージがつかみにくかったようです。校長先生方も、本当にうちの教員でできるのだろうか、と不安になったという方もありましたが、教科書が出来て手に取って見て、ああ、これはいいものができた、これならやれそうだ、うちの学校もがんばろう、という流れになってきました。何よりも保護者の方々が気に入ってくださったので、これが力になりました。

世田谷区では毎学期一週間、公開授業をやっているのですが、そのとき、「日本語」の授業に保護者の方が一番たくさん参観に来てくれます。折角いい教科書ができたのだから、いい授業をしてほしい、という声が多く、先生方も張切っています。

─ 児童・生徒の反応は如何ですか。

若井田 すごく楽しいようです。最初不安に思っていた校長先生たちも、子供たちが楽しそうなのでとてもよかった、と言っています。子供たちは大人が考えるよりはずっと柔軟ですから、声に出してリズム感のある古文、和歌、漢詩、論語にしても、今の文章より読んで調子がよく、気持ちがいいわけです。

漢詩にしても、漢字だけでできている詩は、逆に子供たちにはとても新鮮なんですね。リズムで詩を覚えてしまう。8月に教育フォーラムを開いたのですが、そのとき、子供たちが方丈記を読んだのです。先生が読んで、そのあと子供たちが声を出して読む。この文章を読んで何か思い出さない?と先生が訊くと、ある女の子が「平家物語」と言ったんです。そしてすぐみんなが、事前に何の打ち合わせもないのに、祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり…と自然に自発的に声を合わせて朗誦しはじめたんですね。文章にリズム感があるので覚えやすいんでしょう。驚きました。

意味より、リズムで文章を体の中にしみこませる。意味を深く理解するのはあとでいいんです。一度心の中に入れてしまえば、人生のその都度その都度で、いろいろな経験をしながら理解を深めていけばいいのですから。漢詩はもちろん、和歌、俳句、古文も言葉のひびき、リズム、韻のあるものを選んだわけですが、とくに勢いのある文章を学ぶことはどんな仕事をする上にも大切だと思います。