(2004年07月01日)
座談会『日本の漢詩はどこから来てどこに行くのか』
浅岡、石川、岡崎、金、窪寺、住田、中山、福原

中国漢詩界の現状

岡崎 漢詩の本場・中国ではどうなっているのでしょうか。

金中 いま、みなさんのお話を聞いていて、日本には漢詩を勉強する場がある、教室がある、と羨ましく思いました。こういう場は、今の中国には一切ないのです。勉強しようと思ったら、誰かに個人的に習うしかない。

中国で漢詩に興味を持っている人、実際につくる人は、殆どが高齢者です。70〜80代の人が一番多いです。一般家庭では昔から、子供に詩を暗記させる習慣があります。両親が教えて子供がそれを暗記します。私の場合も、両親が詩に興味をもっていて、1歳のときから、言葉を話すか話さないうちから、耳で聞いて暗記したわけです。まだ作れないけれど、興味をもつ。子供は暗記する力は結構強いですから。

岡崎 学校教育の中で、漢詩のつくり方の指導などはないのですか。

金中 全然ないです。中国語の授業の中に、古典作品は入っていますが、それを深く勉強しようとすれば、個人でするしかない。ぼくの場合は大学を卒業して、日本に来る前に何となく、急に詩が書けるようになったのです。特に誰から教わったということはなかった。

金中さん

住田 マスメディアに漢詩は載りますか。

金中 新聞に掲載されている漢詩は、多くは平仄のルールを知らない人が投稿しています。編集者も知らないから、そのまま載せてしまう。そういう状況です。

でも、最近、漢詩愛好者はふえています。ふえていますが、昔にくらべると質は低下しています。僕が知っている唯一の例外は、今、広州に住んでいる熊?[シヨンチエン]という人、82歳と高齢ですが、文革で非常に苦労して、その思い出、文革批判を詩にして、文革経験者の共鳴を得ています。この人の漢詩集が本屋を通してはいないが、1万部以上売れました。これは今の中国漢詩界では、例外的な存在です。

石川 その詩集、ぜひ見てみたいなあ。

金中 苦難の経験、痛ましい思い出を書いています。現代的な言葉は用いていますが、漢詩のルールはきちんと守っています。中国の現代の漢詩を知る上で、この人は重要です。現代の杜甫のような存在です。

岡崎 漢詩をつくる人は何人くらいいますか。

金中 漢詩に係わる人は全国で100万人の単位でしょうね。

福原 僕が10数年前に広東大学に行ったとき、漢詩を持って行ったのですが、20前後の若い人は漢詩についてはまるで知識がなかった。

最近、中国の駐日大使館の一等書記官と同席することがあったので、漢詩は今どうなってますか、と訊いたんです。するとその一等書記官は「私は毛沢東の影響で漢詩には縁がなかったけれども、今は少しずつ国として、美育美しい教育をやりはじめましたと。漢詩もその中に入っているようでした。中国も今、古いものの見直しの時期に入っているようですね。

金中 文革中は漢詩などをつくることによって、災いになる、ということがあったわけです。

岡崎 政治的影響で空白の期間があった…。

窪寺 「ワイルドスワン」という小説に、隠れて古典詩を読んでいた、という記述がありましたね。

金中 そういう空白の時代がありました。古典詩を勉強しようとすれば、ほんとうにこっそりやるしかない。災いになりましたから。

石川 私は中国に何回も行っています。この間も浙江大学で浙江省の漢詩人が集まってくれたけれども、ちゃんとした漢詩をつくる人はいませんでしたね。

金中 専門的な詩人という立場にあるような人は、もう寥々たる数なんです。とにかく、私のころは中学校の国語の教材の中に、平仄を守るということは教えられていない。大学でもそうです。平仄を知るのは、大学の中文科出身者以外にはありませんでした。でも今は、確認していませんが、中学校の教科書にも、少しずつ平仄なども入っているかもしれません。中国もドン底から少しずつ上昇しているように思います。

岡崎 どちらもドン底を脱した日本と中国の漢詩交流が、これから始まるとおもしろいですね。

※次回は漢詩文の出版活動、漢詩鑑賞・入門書のあれこれ、各地の同人誌、機関紙。テレビ・ラジオと漢詩など、「漢詩とメディア」をテーマにした座談会を掲載する予定です。