(2006年10月01日)
座談会『若い世代へどう迫る?』
石川、中山、福原、菅原、窪寺、浅岡、住田、岡崎

若い国会議員への期待

─ 会報第13号に、理事、評議員のみなさんへのアンケート結果をのせました。若い人たちに漢詩に親しんでもらい、さらに詩を作ってもらうにはどうすればいいか、を訊ねたアンケートでした。もっとも目立った回答は、文科省に働きかけて、小、中、高の教育課程で漢詩文教育にもっと力を入れるようにすべきだ、というものでした。英語教育が進む中で、漢詩文は置き忘れられている、という感じです。こういう困難な現状をどう切り拓いていけばいいのか。少しでも打開策を考えていきたいと思います。

石川 私は全国漢文教育学会の会長として20年ばかり、歴代の文部大臣にはたびたび陳情に行っています。大臣はだいたい、よく分かった、と言うんです。しかし、何も変わらない。文部官僚のどのあたりがどう進めているのか、よく分からないんです。もちろん、官僚ともよく話はします。ものわかりのいい人もいるんですが、肝心のところになるとウヤムヤになってしまう。これの繰り返しです。

結局、世論をまき起こすよりほかにないんじゃないか、と思います。澎湃とした世論がまき起これば、虎の門方面も動かざるをえなくなるんじゃないか。現在ではそう考えて、もっぱら全国を歩いているわけです。迂遠なやり方のようですが、これしかないように思う。

─ 急がば回われ、の方法ですね。一種の啓蒙運動ですね。

石川 それから若い代議士クラスの人が、案外働いてくれるかもしれない、と思ったりもします。たとえばこの間、自民党の機関誌「月刊自由民主」8月号で、愛媛県選出の若い小野晋也氏と「日本人の生き方に学ぶ」という対談をしました。彼は松下政経塾の出身、なかなかの勉強家で、山田方谷の本も書いたりしています。ひょっとすると、こういう若手が将来、何かやってくれるかな、と淡い期待を持っています。

はじめから悲観的なことをいいましたが、しかし、ここにきて、世の中の風向きが少し変ってきたように思います。事実、こんどの教育課程の改定では、古典を重視するとうたっています。

窪寺 平成15年に全日本漢詩連盟を創立したのは、石川先生が全国の漢詩を作る人たちを糾合して、一つの勢力にしなければいけない。今まで地方地方で、パラパラと点で活動していたのを面にしなければ力がでてこない、と連盟結成になったわけですが、迂遠のようでもこういう地道な方法をとるより仕様がないかな、と思います。

こんど、二松学舎大学主宰で、大学生と高校生対象の漢詩コンクールもはじまります。私もお手伝いしていますが、どのくらい集まるか。期待しています。若い人については、こういう地道な活動をつづけること、また、まだ連盟に入会していない人たちを継続的に誘おう、と思います。一人でも二人でも漢詩の愛好家をとり込んでいきたいものです。

それには、各都道府県に漢詩連盟を立ち上げるという組織強化がまず必要でしょう。最近、私の漢詩講座に50少し前くらいの女性が入門してきました。とてもセンスがよく、楽しみにしています。そういう可能性豊かな人が、まだまだいらしゃる。

すそ野を広げるのをどうするか、暗中模索ですが、潜在的にはかなりいます。石川先生のNHKラジオ講座「漢詩への誘い」のテキストも10万部出ていると聞きますから、こういう人たちにも働きかけて、何とか一つのうねりにして、文科省に働きかけができないがどうか、考えています。

─ 漢詩の全国組織は漢詩の盛んだった江戸時代にもあったのですか。

石川 それはなかったですね。明治になると、有力な漢詩人が会をつくって機関誌を出したから、そこにみんな集まってきたんです。有名なものでは、福原さんも属していた「東華」などがありますね。

中山 現在の高校の漢文教育はどうなっていますか。

石川 漢文は学科としてはなくなって、古典の中に入っています。でも、漢詩文より日本の古典の方にウエイトが重くなっています。

中山 少しは教えているわけですね。でも、試験にあまり出ないので、漢文を勉強しないと聞きますが。