(2006年10月01日)

《対談》 日本人の生き方に学ぶ

(「月刊自由民主」8月号対談より)
石川忠久、 衆議院議員 小野晋也

小野 中国の思想というのは、人間を原点に置いていると、先生の本を拝見して感じたのですが。

石川 確かにそうです。孔子がすでにそういう考えですから。

小野 先日、先生が漢詩をある会で朗読されているのをお聴きして、改めて人間的な厚みが、いまこそ求められているんじゃないかと感じました。

石川 同感ですね。薄っぺらじゃあね。この頃の日本は、世の中がよくないから、何かが悪いから自分はダメなんだという風気が非常に強まってきている。

小野 やっぱり、その基本にあるのが、道徳なんでしょうね。

石川 道徳が一番大切です。道徳がなければ人は立っていかれません。少し前だと、道徳を教育の基本に置くといったら総スカンを食ったと思う。しかしよく考えてみたら、どこの国だって道徳教育をやっている。

小野 私は道徳教育を考える場合、最後は教師なんだろうと思うんですね。

石川 そうそう、教育は教師ですよ。

小野 まずは、教師の教育が大切ですね。

石川 私は中国文字、ことに漢詩が専門ですけれども、ああいうものを読んで味わっているうちに、自然にそれが人格形成に影響してくるということがあると思いますね。

小野 何か人格を陶冶することが大切ですね。自分自身、その生き方に自信のない教師が、それを子供に教えようと思ったら、ただ形式的に押しつけるしかなくなってしまう。

石川 いいものはいいんですからね。自然に中国の古典、「論語」や唐詩などに盛られている正しいもの、よいものを身につけるようにする。これが大事なことだと思う。

小野 それは、教師の育成の仕方に、問題があるんでしょうか。

石川 国語の教師の免許状は、その単位を取得さえすればもらえる。昔は、漢文は独立学科だったでしょ。しかしいまは国語の中に入り込んでいるから、国語の免許状をとると漢文も教えることになる。けれど、実際問題としては教えられないですよね。だからそういうことも見直さなきゃならない。いまの教師は特に古典の力がないでしょう。教師の再教育が大事です。しっかりやらなきゃ。

小野 私は私立の中学・高校で学びましたけれど、その中学一年のときの夏休みの宿題が『論語』を毎日一節ずつ読んで、読み下し文を書き、感想を記すというものでした。当時の解釈ですから、たいしたことはないんですけれど、そのときに『論語』全体から四十節ぐらい、好きだなというのを自分なりに噛み締めたことがあったんですね。

石川 中学時代からそういう教育を受けたら、立派なもんですね。

小野 いまになると、これは非常に大事な教育だったと思いますね。

石川 いいものを若いときに与えるということは大事なことです。それが日本人の誇りに繋がる。世界中見たって、日本は非常に優れたものをずーっと持っている。そういうものを気づかせ、持たせるような教育をしなきゃいけない。夜郎自大でうぬぼれていたんじゃダメ。自分の国のよいものを自覚して、それを身につけ誇りにするということが大事。それがまた国際社会に立ったときに自信になるし、堂々たる態度にもなる。そういう基本ですね。これが大事だと思う。