(2008年05月10日)
《座談会》 漢詩の楽しみ・漢詩の可能性
宇多喜代子、中沢けい、石川忠久、岡崎満義

二千年かかった五七調

石川 それは、中国では我々が知っている五七調になるまでに2000年かかっている。最初は四文字、四字なのです。時に三文字とか、別のものが入ってきて、五言が出来たのが今から2100年くらい前です。それから七言が出てくる。それが全部固まったのが8世紀、西暦700年くらい。五言絶句とか七言絶句とか。それをわが国が貰って、五七調になったと思います。ですから、五言とか七言というのは、非常に根深いものがある。長い歴史の末に出来上がって、それが染み込んでいる。それが牢固として抜けないのです。小説を書くときもでる。例えば夏目漱石の、智に棹差せば流される、とか、すいっと出てしまう。

私の体験では五言とか七言とか言っても漢詩は情報量はずっと多い。一字一字に意味がある。古池やかわず飛び込む水の音、は5・7・5だが、意味としては古池とかわずが出てくるだけ。情報量は少ない。漢詩は五言一句で5・7くらいある。七言だと7・7くらいある。私は実は実行しているのだが、五言の場合は5・7に、七言の場合は7・7に訳すと大体うまく行く。

宇多 今、短歌は女歌男歌があるのですが、俳句にはそれは無い。男言葉女言葉は日常にはあるのですが、例えば映画の台詞で、I love you.というと、女が言った場合は字幕に愛しているわ、と出るでしょう。男だったら、愛してるよ、とか。そういう言葉が日本にはあるでしょう。所が俳句にはこれが無い。どちらかというと言語感覚としては俳句のほうが、漢詩に近い。

中沢 歌人の道浦母都子さんが居られたらここで面白いお話が聞けたでしょうね。最近道浦さんとお話していたら、この頃ね、下の七七を作るのが面倒くさくなったのよ、と仰ってました。上だけでは俳句になってしまいますね。今はもう、男の作家とか女の作家だとかは言わなくなっているんです。30年前、私が大学生だったとき、政治学系だったのですが、学校でレポートを出すときに、それこそレポートの文体が問題でした。何々について論ぜよといわれたときに、これこれはこれこれによってこれこれで、ある、とかく時に、女性が、である、というのは如何なものか、と、一寸文学部的に見るんです。

刑法とか民法では、全く漢文調の文章がレポートの下に隠れているわけで、それを女子学生が使うときの心理的抵抗が、私の時代にはまだ非常にありました。その後実用的な文章上は、男女差が無くなって来ました。私はこれは良いこととして見ています。小説を読んでいて登場人物が男か女か分からない、という指摘を受けることが有ります。実は若い学生は性別を出さないように書くのです。意図的に。所が、先生が君の書いている人物は男か女か分からないじゃないかと指摘すると、指摘していただいて、ああ良かった、思うように書けました、と。

ある程度言葉を抽象的に使えるようにしたい、という欲求があります。私たちは30年かけてそこにきたわけです。高村薫さんの文章などは、所謂平安王朝文学の流れを汲む文章ではなくて、男性が書いてもそうなるだろうな、という文章ですね。戦争があって空襲を受けたりすると、これは大変革だと分かるんですが、最近の30年は、眼に見えない変革期を越えてきたのだな、と。しかも、女性の書く文章が、かな文学から、漢文学に近づいた。そういうところが、一寸身を引いて見ると面白いかな、と感じています。