(2010年05月15日)

 自然豊かな越後の地にある諸橋轍次記念館で、「大漢和辞典」の諸橋博士をしのびながら、博士の七言律詩を読み解く滋味溢れる講演

諸橋轍次博士の漢詩

石川 岳堂

 風水よき処に偉人が出る

 私は、平成九年、開館五周年の時に始めてこちらに参りまして、大変感激致しました。その時の拙作を先ず御紹介します。

   訪諸橋記念館  石川忠久
山路崎嶇降又登 山路崎嶇として降って又登る
闊然阡陌闢丘陵 闊然 阡陌 丘陵を闢く
宜哉一世碩儒出 宜なるかな 一世の碩儒出ずるは
此處醇風秀氣凝 此の処 醇風 秀気 凝る


全漢詩連会長 石川岳堂

 今は道も良くなりましたが、当時はくねくねと降って又登る。

 そうすると突然からりと開けたのです。濶然と云うのは陶淵明の「桃花源記」に出て来ます。一人の漁師が桃の花の咲く平家の落人部落のような処を尋ねる。そこで濶然として現われる、桃源郷と云います。

 私も、くねくね道を登って降って、ぱっと開けた。闊然と云う言葉がぴったりだと
思いました。阡陌は畦道。取入れも済んだ畦道が丘陵を開いている。

 宜なるかな、一世の碩儒出ずるは。ああ尤もだな、一世の碩儒と云うべきお方が出られた処だ。此の処、ここはまことに熱い風、醇と云うのはお酒で云えばおいしい、醇風凝ると云うのは、あたりの空気がまことに奥ゆかしい。

 中国で良く風水と云いますが、風水の良い処に偉人が出る。此処などは正しくそうですネ、全て唯物でない雰囲気があります。最初にこちらを尋ねました時に、先ずそれを感じました。そこで下手乍ら「此処醇風秀氣凝」が浮かびました。

 又石川忠久

佳日深尋山裏村 佳日 深く尋ぬ 山裏の村
依稀風景似桃源 依稀たる風景 桃源に似る
近山錦繍遠山白 近山は錦繍 遠山は白し
此是先生好故園 これは是れ 先生の好故園

 11月2日、翌日が3日で「佳き日」に、深く山中の村を尋ねて来た。今は市になっていますが、昔は村でした。このおぼろな風景はあの陶淵明の書いた桃源郷に似ている。「依稀」と云うのはボンヤリと似ていることです。近山は錦繍、もみじで、遠くの山はもう雪をかぶっている。これは我乍らうまい句だと思っています。

 これはこれ、こここそが先生の良き故郷である。

 韻は、先の詩が登・陵・凝。後の詩は村・源・園と踏んでいます。



ありし日の諸橋轍次博士