(2010年08月15日)

さるすべりと蕎麥の花の詩

次は楊万里の紫薇[しび]花。紫薇の花はさるすべり、夏の花です。

    道旁店  道旁店  楊萬里

路旁野店両三家 路旁の野店[やてん] 両三家[りょうさんか]
C曉無湯況有茶 清暁[せいぎょう]に湯無し 況んや茶有らん
道是渠儂不好事 是れ渠儂[かれ]は好事ならずと道[い]わば
瓷n挿紫薇花 [せいじ]の瓶に挿す紫薇[しび]の花

楊万里は南宋の詩人で、今日の中では大正天皇以外で一番後輩です。

路ばたの野の茶店が二軒、三軒。朝で湯が無い。ましてお茶がある筈がない、おさえつけてけなしている。では、この田舎の店のおやじは、好事者ではないと云おうか?いやいや、そうではない。見てごらん。瓷の花nにさるすべりを挿しているではないか。

瓷の花瓶に、紅いさるすべりの花が活けてあるのです。こう云う風流を解する男だなあ、と云って褒めています。褒めるために、前の方で泛しめている。

最後に蕎麥[きょうばく]花。この白楽天の「そば」の花は、最初にご紹介しました。彼は順風満帆で出世街道を進んだ男ですけれど、えてしてそう云う時は足を引っぱる輩が出て来て、失脚します。その失脚の前に彼の母親が死にまして、喪に服していた。そのような時に作った42歳頃の作品です。

    村夜  村夜  白居居
霜草蒼蒼蟲切切 霜草[そうそう]は蒼々として虫は切々たり
村南村北行人絶 村南村北 行人[こうじん]絶ゆ
獨出門前望野田 独り門前に出でて野田[やでん]を望めば
月明蕎麥花如雪 月明らかにして蕎麦[きょうばく] 花 雪の如し

第一句は最初の詩と同じように、句中対になっています。上四字と下三字の構造が同じですネ。前半の二句を見ると、季節はもう秋です。霜草 霜に打たれた草で、季節は秋。その秋の季節に虫がチッチッと鳴いている。

村の南も村の北にも、誰も行く人が居ない。そこで独り門前に出て野の田んぼを見ると、月が明るく、その下にそこいら中、白いそばの花が咲いていて、まるで雪のようだ。

これは本人が母の喪に服していて、佛教でいう清浄の世界を描いていると思う。今迄は俗世間に居て、出世街道をまっしぐら、俗塵にまみれていた。そこから喪に服して、脱俗して田舎に引っ込んだ。

昔は高級官僚は親が死ぬと皆辞職して喪に服します。25ヶ月。足かけ三ヶ年です。そこで俗世間から離れて、清淨世界に移る。そんな詩です。功・絶・雪が「屑」の仄韻