(2004年03月20日)

講演会『「さまよえる中級人」へのメッセージ〈作詩質的〉』

服部 承風

一句練習のすすめ

 「作詩質的」という題を掲げました。

 「作詩質的」というのは、実は江戸時代18世紀の末頃、尾張藩塚田大峰[たいほう]という儒者が、門人たちのために漢詩作りの要点を記した小冊子のタイトルです。それをそっくり借りましたが、その本の受け売りをやるわけではありません。

 現在日本の漢詩壇を振り返ってみると、まずまず戦後のひどい状態からは、大分立ち直ってきたな、と思っております。かなり上向いてきた現状において、何かお役に立てるようなことはないか、と考えたのです。詩作のための標的、的を設けてみたいな、というつもりで「質的」という文字を出したわけです。

 「質的」というのは「的」です。「目標」です。弓を射る場合の的です。現在の漢詩の情勢を見ていると、的を設けている方もあるかもしれませんが、私が拝見すると、的外れがかなりあるのではないか、と思います。

 これは全く個人的な感想かもしれませんが、日本の漢詩壇には、ちょっと言葉は悪いですが「さまよえる中級人」というべき方々が大変多い。初級の修了者に向けて、何か話ができないか、と考えたのです。

 初級の段階はルールの説明に終わります。初級段階で習ったり覚えたりするのは、結局ルールです。漢詩を作るための約束事が一応頭の中に入るということです。

 そこまでは良いのですが、その教え方ということになると、問題があるのです。漢詩の手ほどき、漢詩入門、あれこれありますけれども、ルールを説くことにおいては一緒なのです。ただ、その述べ方、書き方において、何か法律の条文の説明を聞いているようなものが多い。

 それでは習う方からすると、ちょっとかじってみたけれど、これはむずかしい、面白くないな、ということになって、つづかない。もう少しこなれた、魅力的な分かりやすい説き方はないものなのか。

 実作を始めるために、すぐさま役に立つ本となると、新田大作さんが昭和45年に出された「漢詩の作り方」です。平成15年に新版がでて、「作詩の工夫」という一章が付け加えられました。14ページ位にすぎませんが、その中に読者の秀作という項目が増補されています。この増補版によって、初級の段階の作り方について利用価値が高まったと思います。

 石川忠久先生の「漢詩を作る」という本は、大変すぐれた入門段階での読み物であり、詩を作るために大いに役立つと思います。説明の仕方が非常に親切なんです。実例をあげて、こう直したよ、改めてもらうように助言したよ、ということが、本当にやさしく書いてある。これは非常に役に立つ。親切にお作りになったと思います。

 さて、中級段階にさしかかると、当然学習しておかなければならない重点項目、というものがあります。私が10年来、このような仕事をやってきて思うことは、中級段階にさしかかったとき、真っ先に教材として渡すべきものであり、そのつもりになって練習しておかなければならないことに、「一句練習」というのがあるのです。

 作り方を教わって、こういう風に並べるんだ、平仄の順に合わせて、詩語表に下三字の列が並んでいるから、その中から適当なのを引っ張ってくる。自分の頭の中でいろいろなことを考え、それに当たりそうな二字語二字語を漁るようにして探すが、詩語表は練習用の用語集だから、頭の中にある言葉を探しても出てくるはずがないんです。

 どうしてていねいに、あんなものばかりを探すのか。それをやるよりも、先ずしっかり一句練習を、一年通じて、一つの的、質的としてやってみる。そして必ず命中させるというところまで、一句練習をやってみれば、かなり状況が違ってくるんじゃないか、そう思っております。

 この方は漢詩をやり始めてかなり経つのに、どうも伸びないなと思っていたら、一句練習をやっていない。

 一句練習の大事な点は、五言一句でやったのであまり効果がない。下の三字語の上に、二字語を乗せるのはすぐできてしまいます。上の二字と下の三字が、ひっつき過ぎるくらいに引っ付きますから、余情のある、王維のような句は出てこなくても、とにかく読んでパッと分かるものになるわけです。

 それだからこそ、ある先生は五言絶句から勉強させればよいではないか、と言いました。私は五言からやったのではダメだ、と言ってゆずらなかった。五言からやっても、形ができるだけでしょう。言葉の置き方、選び方、運び方、語順のことができない。下三字の上に四字語を乗せる、そういうことで練られるのです。

 一句練習をやればその間に、かなり多くの表現法、寄せた言葉の斡旋法なども学習でき、たしかな学習効果があるだろうと、私は疑っていないのです。

 私が書いた下手な本、大本山永平寺から出した「初学詩偈法」の一番始めのところに、一句が根本、と書いています。これから一生かけて作るというならば、一句が根本、なのです。

 それを読んだ方が、一句練習をやって私のところに送って来る。もうあなたは2年もやって上手くなっているのだから、一句練習は止めてよろしい。先生が一句練習をつづけてやれとおしゃるので、ずっとやってきたが、だんだん楽になってきました。言葉寄せが暗闇の中で手探りでやるようなことが、少なくなってきました。と喜んでいます。