(2005年07月01日)
講演会『大正天皇の漢詩』
全日本漢詩連盟会長 石川 忠久

外国に行ってみたい

 次ぎは軍艦浅間に乗って遠州灘を過ぎた時の作。

   遠州洋上作 
夜駕艨艟過遠州 夜 艨艟に駕して遠州を過ぐ
満天明月思悠悠 天の明月 思い悠悠
何時能遂平生志 何れの時か能く平生の志を遂げ
一躍雄飛五大洲 一躍 雄飛せん 五大洲

 これは中洲の「望洋楼」を参考にしていると思う。何気ないようだが、遠州という地名が効いている。固有名詩だが遠州の遠いという字が五大洲につながって、効いている。

 こういう使い方は大変に上手というべきである。非常に気宇壮大である。若い皇太子は外国へ行くことを強く望んでいたようだ。

 明治天皇に直接言えないので、伊藤博文に頼んだ。彼は、洋行するならフランス語を勉強なされると良い、といってはぐらかした。とうとう一度も外国には行かれなかった。

 この詩は新聞に載って、大変な評判になった。気宇壮大なところを誤解し、当時、日清戦争に勝って上昇気流に乗りつつあった日本の機運を表現された、と取られた。本当は若い皇太子が、一度は外国に行って見たいな、という気持ちを正直に表された、率直な詩だと思う。野心を述べたように取っては失礼に当たる。