(2005年10月28日)

講演会『江戸東京の漢詩』
全日本漢詩連盟会長 石川 忠久

絶妙! 永井荷風の漢詩

 次は土佐の殿様、山内容堂(1827−1872)の詩。

    墨水竹枝
水樓酒罷燭光微 水楼に酒罷[や]んで燭光微かなり
一隊紅粧帯醉歸 一隊の紅粧酔を帯びて帰る
繊手煩張蛇眼傘 繊手張るを煩わす蛇眼傘
二州橋畔雨霏霏 二州橋畔雨霏々たり

 一隊の紅粧はたくさんの芸者のこと。繊手はなよなよとした細い手。その手が蛇の目傘を開く。

 二州は両国。両国橋のあたりは小雨である。その中を蛇の目傘の芸者が帰っていく、という竹枝詞だ。

 最後は明治生まれの文豪・永井荷風(1879−1959)

     墨上春遊
黄昏轉覺薄寒加 黄昏転った覚ゆ薄寒の加わるを
載酒又過江上家 酒を載せて又過ぐ江上の家
十里珠簾二分月 十里の珠簾二分の月
一湾春水滿堤花 一湾の春水満堤の花

 載酒は畢卓が舟で酒を飲んだことを杜牧がうたっている。中国の一里は500メートル。珠簾は料亭がずらりと並んでいるさま。この句は句中対になっている。いかにも艶冶な気分がよくでている。

 二分の月はにぶんの月と読む。「天下三分明月夜 二分無頼是揚州」という杜牧の句がある。世の明月を三つに分けて、そのうちの二分(三分の二)は揚州にある、と誇っている。それを借りてきた。

 この詩は荷風が作った漢詩の中で、ホームランといっていいほどの最上の句だ。荷風は漢詩をやめて小説の方に行ったが、もしつづけていたら、漢詩でも一家を成したにちがいない。