(2005年10月28日)
講演会『江戸東京の漢詩』
全日本漢詩連盟会長 石川 忠久

和臭から和風へ

 さて、方谷と同時代の広瀬旭荘の詩。

   夜過二州橋
霜満蒹葭宿雁驚 霜は蒹葭に満ちて宿雁驚く
寒雲破處月華明 寒雲破るる処月華明かなり
依稀難認去舟影 依稀として認め難し去舟の影
唯有金波入櫓聲 唯だ金波の櫓声に入る有り

 蒹葭はあしやよし。詩経にもでてくる。霜は岸辺のあしやよしにずっしり降りて、宿っている雁は寒さに驚いているかのよう。寒々しい雲が裂けるところに、月明かり。去りゆく舟の影がぼんやりして見えなくなる。月が水に輝やく。キラキラ光る波が櫓の声に入る。舟が波に浮んで入っていくのを、金波が櫓の声に入る、と洒落ている。

 金波の中に櫓の音がずーっと消えていく。去りゆく舟を目で追っている。見えなくなると櫓の音を聞いている。日本的、和風の詩といえる。

 先頃、二松学舎の国際シンポジウムで、和臭(習)と和風について話した。日本の漢詩臭いことを和臭という。平安の頃はまだ技術が高くないから、日本の言葉がついでてしまう。それを和臭といった。だんだん上手になってくると、五山の僧あたりからは和臭はなくなる。しかし、まだ個性はない。

 江戸にも又和臭はでている。あえていえば和風。彼らは和臭と知っていて使っている。あえて日本を主張している。良寛の詩もそうだ。ちゃんと漢詩を勉強した人だが、あえて和風を出している。中国の詩をたしかに学んだが、和にも独自の感情がある、と主張しているようだ。

 次に森春濤(1819−1889)。私の考えでは、江戸時代には二つの文化の山がある。一つは元禄(1700年代)、もう一つは化政期(1800年代)。森春濤はその時代の人。尾張の人で明治22年まで生きている。

    江上春興
暁衫猶漬酒痕紅 暁衫猶お漬[ひた]す酒痕の紅
余酔未醒残夢中 余酔未だ醒めず残夢の中
吹入桃花還入柳 吹いて桃花に入り還た柳に入る
最無聊ョ是春風 最も無聊頼なるは是れ春風

 朝気がつくと上衣に赤い酒のしみがついている。昨夜飲んだ酒の痕だ。陸放翁に酒のしみをうたった詩がある。中国の詩の面白味をうまく題材にとり入れている。まだ酔いが残っており、夢の中にいるよう。

 春風は吹いて桃の花に入り、また柳に入る。杜甫の「絶句漫興」「江畔独歩尋花」から、春の道を春風に身をまかせながらふらふら歩いていく、という詩のイメージを取った。

 無聊ョは無頼ということ。自由気儘に吹く春風。うまい洒落た詩だ。こういう詩は前の時代にはあまりない。

 森春濤は竹枝詞がうまかった。唐の劉禹錫からはじまった。民謡をもとにした少しなまめかしくもあり、手なれた感じの七言絶句だ。その地方地方の民謡をもとにしている。江戸末期からはやり、明治に入って花柳界でももてはやされた。春濤の岐阜竹枝もくだけてはいるが品がよい詩になっている。ご当地ソングといったところ。

 もと旗本でのちに新聞記者になった成島柳北なども、竹枝詞をつくっている。やわらかい漢詩の人だ。