(2009年11月15日)

書道史・漢詩史からみた文人墨客は誰か

日本の明治維新以降においては、欧米文化重視の政策が余儀なくされ、本来の伝統的な書道文化、漢詩文化が廃れていく風潮にある。

現代の書壇の課題としては、ある書家の言葉にあるように「漢詩漢文は単に書を書くための素材として把えられればよく、内容はあまり問題にしなくてもかまわず、脱字や誤字があってもかまわない」という風潮がある。

本来、書は意義を持った文字を書くのであって、誤字は許されないし、脱字はきちんと補うべきであり、他人の漢詩文は観る者に読めるように介意して書かなければ作者に対して失礼にあたると考える。

また、詩のレベルが、李白・杜甫などに及ばないとして、「自分で作った詩を書くなどはもってのほか」という書家もおられる。

また、現代の漢詩界の課題としては、古典教育が衰退し、終戦後、漢文を主とする古典教育がまったく見捨てられたという遠因がある。

その理由として、@1917年に全ての新聞から漢詩欄が消えたこと、A漢詩は意味が難解であり、意思表示に漢語を使わなければならず不便を感じること、B短歌、俳句、現代詩など日本語を優先とする詩文に押され、特に学校教育の中で漢詩文をやらなくなったこと。

現在では大学入試の共通試験に漢文が必須になっているために辛うじて残っているといっても過言ではない。

一方、近来になって、そのような状況ではいけないとの反省から、漢詩を自作する風潮が出てきた。書道においては、いわゆる詩書両輪の実践を行う芸術分野ができつつある。1953年には金子清超先生が主宰する清真会で第一回展を開催、1990年には日中友好自詠詩書交流会で第一回展(北京・東京)を開催、などである。

また、漢詩の世界においても、漢詩ブームの到来の兆しがあり、最近は漢詩作りが中高年層で関心が高まっている。

その理由として、@漢詩・漢文への見直し機運が興ってきたこと、即ち漢詩文は中国文学の粋であり、日本文学の核であるが、この伝統を若い世代に伝えていかねばならない、且つ火を消してはいけないという意識が高まってきたこと、A日本各地の地方の独自性を再認識しようという動きがあり、江戸時代に設けられた藩校を中心とする地方の文化が息づいていること、B漢文訓読という大きな基盤の上に日本の文化が成り立っていること、(潜在愛好者十万人といわれる日本独特の吟詠界においても漢詩自作の愛好者が増えているようである)などである。

次世代の漢詩、漢文については、漢字への興味が高く、下記のような取り組みが各所でなされている。@漢字文化振興会では、企業の支援のもとに講演会、研修会、フォーラム、出版助成など、A斯文会は、日本の儒学の中心となっている湯島聖堂にあり、中国歴代古典、漢詩作りなどの講座など、B二松學舎大学は、大学における漢詩文の中心であり、二松詩文会による漢詩指導と『二松詩文』発行、高校生大学生による全国漢詩コンクール開催 など、C全日本漢詩連盟は全国の組織化(現在十六都県)、漢詩機関誌『扶桑風韻』『全漢詩連会報』の発行、国民文化祭・全日本漢詩連盟主催全日本漢詩大会開催 などをおこない、漢詩文化の高揚に尽くしている。

私が所属する清真会は、金子清超先生が1953年に創立したが、当初から自詠自書を標榜して設立され、今年三月には、東京上野の東京都美術館において第五十七回展を開催した。

設立の趣旨は、「書を以って精神陶冶の真をなし、清真の域に参じて、先人の心境を探り、且つ同志の親睦と友愛をはかり、精神文化の振興に寄与せんことを目的とする」。即ち、清真の心をもって自詠の詩歌を自書することにある。