(2008年11月15日)

圧倒される52年の生涯

見延典子著「頼山陽」を読んで
神奈川県漢詩連盟  酒井謙太郎

 窪寺先生指導の横浜教室での詩友、田原健一さん(神奈川漢詩連事務局長)から「面白いから読んでみては」との推擧があった。早速、読んでみた。

 たしかに面白い。

 エネルギッシュで、ボルテージの高いこの才智あふれる男の52年の生涯は、讀む者を圧倒する。

 三都に出でて、文名を天下に擧げんと、21歳で脱藩。廃嫡、幽閉中に早くも「日本外史」の構想と稿をまとめる。

 あの時代に、一切宮仕えせず、私塾経営、詩文書の潤筆料で暮しを立て「日本政記」「日本樂府」などを著述し、その見識、文才は日に評価高まり、世人に影響を与えた。

 女性遍歴もまことに多彩で、特に大垣藩医江馬蘭斎の娘細香の場合、一目惚れしたが、攵の強い反対で結婚出来ず。

 その后も交際は続け、お互いに強い思慕の念を抱きつつ、会えば相手に激しい刺激を与える二人の関係は異色である。結局、細香は一生独身で終るが、才色兼備の女流詩人として有名である。

 山陽沒後、細香に次の一絶がある(湘夢遺稿)

    京城秋遊   京城の秋遊
重入京城人不存 重ねて京城に入れども 人存せず
白楊草暗銷魂 白楊青草 暗に魂を銷す
?來旬半秋遊袂 ?べ来たる 旬半秋遊せし袂
涕泪痕多於酒痕 涕泪の痕 酒の痕よりも多し

時に細香47歳、二人がはじめて会ってから19年の濃密な歳月を彷彿させ、いうべき言葉がない。