(2004年01月01日)

上毛百人絶句刊行の思い出

須賀 楠舟

 私は昭和56年に、明治41年発行の「上毛百人絶句」と昭和5年発行の「新上毛百人絶句」を読み、深い感銘を受けました。

 それから半世紀。先輩達の偉業を受けて、その続編を刊行する時期ではないか。又それにより漢詩文の普及の一助にもなるのではないかと思考し、「昭和上毛百人絶句」の発刊を思い起ちました。

 そこで県内を東奔西走しましたが、まだその気運が無く、遂に一時見合わせる心境になりました。

 昭和61年、市河寛斎の子孫にお会い致し、その励ましを得て「昭和上毛百人絶句」発刊の決意を新にし、又群馬県内を歴巡する様になりました。

 その間「群馬にかくも多くの人が漢詩をやっているのは、まことに貴重である。この人達の横の連絡をする会を作っては如何。人々の励みになるし、漢詩文普及の一助にもなるのではないか」との提案を受け、昭和63年5月に「群馬県漢詩人協会」が発足しました。平成2年5月総会の席上「上毛百人絶句」の発刊が議決されましたが、平成の年号になったので「上毛百人絶句(昭和平成篇)と命名されたのでした。