(2005年07月01日)

<文壇こぼれ話@>

悪筆四天王
岡崎 満義

 雑誌編集者時代、たくさんの作家の原稿を手にしたが、読みやすい原稿は井上靖、井上ひさし、三島由紀夫、松本清張、川端康成、笹沢佐保さんなど。

 笹沢さんは女性用の細字万年筆で、ていねいに小さめの字を書いた。50枚の小説を、と頼むと、50枚目の原稿用紙の最後の升目に句点をつけて書き終える、という趣味があった。何枚の小説を頼んでもそうだった。編集者にとっては、ありがたい作家だった。

 悪筆に泣かされたことは多い。断トツの悪筆は石原慎太郎さんだった。400字詰原稿用紙に、左手で書いた字というより、グジャグジャな記号がおどっている。だから必ず、カセットテープがついた。自分で原稿を読んで、テープに吹き込んである。それを聞きながら、判じもののような原稿を解読し、書き直した。テープの朗読の声にときどき「これ、どういう字だ。何と書いたんだっけ……」などというセリフが混じったりした。

 しかし、ワープロの登場で、この悩みはアッという間に解消した。石原さんはワープロの使用がきわめて早かったのだ。

 次は黒岩重吾さん。太字の万年筆で、斜め右上から左下に向かって、原稿用紙に叩きつけるように書く。猛烈なスピードの運筆だから、一つの文字が一つの升目にキチンと入らないのである。文字の一部が隣の升目の文字と重なったりして、読みにくいことおびただしい。斜め右上に体を移動して、姿勢を低くして原稿を眺めると、かなり読めることもあった。どうしても読めない部分は○○○○……とあけておき、ゲラの段階で作者に文字を入れてもらった。

 ふしぎなもので、こんな“和文和訳”を二、三回つづけていると、黒岩さんの言葉の使い方が手に取るように分かってくる。私がもらった原稿は、主としてバーのホステスなどを描く風俗小説だった。黒岩さんの好みの女性の描写に使われる形容詞と、その女性とライバルになる、たとえば意地悪な女性に使われる形容詞は、あきらかに違った。黒岩さんの文章心理学のようなもののカンができると、“和文和訳”はあまり苦にならなくなった。

 田中小実昌さんの原稿には、むずかしい漢字は比較的少なく、ひらがな、カタカナが多かった。それで何で読みにくいかといえば、ひらがなの曲がりの部分が、しばしば逆に曲がるのである。ゆ、れ、よ、ろ、は……とにかく曲がるところが逆になると、意外に読みにくい。神経を逆なでされる感じだった。それも原稿の途中から、突然、正常な曲がりになる。と思うと又、逆になる……という具合で、その時々の気分次第で、ひとりでに手が動いてしまうようだった。

 四天王の最後、川上宗薫さんについては、次号で。