(2007年04月01日)

わたしの漢詩作法(4/6)

2006年 松山漢詩大会入賞者

漢詩で親孝行できた

<優秀賞> 亀谷 勝子

  三保松原
松沙白列滄浪 [まつ]は青[あお]く沙[すな][しろ]
滄浪[そうろう]に列[れっ]
萬疊銀濤通太洋 万畳[まんじょう]の銀濤[ぎんとう]
太洋[たいよう]に通[つう]
富嶽佩雲仙脚滑 富嶽[ふがく]佩雲[はいうん]
仙脚[せんきゃく][なめら]かにして
聯翩群鶴似霓裳 聯翩[れんぺん]の群鶴[ぐんかく]
霓裳[げいしょう]に似[に]たり

 私の両親の郷里は駿河湾に面しています。戦禍終熄と共に名古屋から筑豊に移住し、60年間安住の地として、翁媼合わせて187歳を迎え、悠々自適の生活を送っています。

 時折「もう一回三保へ帰ってみたいなー」と呟きます。図らずも募集課題の“扶桑の名勝”を見て、咄嗟に「三保の松原」を漢詩にして帰思切々の両親に贈りたいと筆をとりました。推敲に四苦八苦の最中、両親の代理で静岡へ出向という奇遇があって、40年振りに三保の浜に立ちました。

 生憎の曇天。伝説を秘めた羽衣の松は随分老朽化していましたが、私の瞼の裏には、雪を冠した美しい富士山や羽衣を翻して舞う天女の姿が写っていました。

 漢詩入門の機会は、月刊誌吟剣詩舞漢詩講座、伊藤竹外先生の吟詠家に対する苦言に発奮し、一念発起の2作目が2004ふくおか国文祭大宰府漢詩大会に入選の喜びでした。

 爾来、有吉呂城先生に師事する学習の身で元々浅学非才、作法も白文読解力も十分でなく、只管詩題に沿って見・聞き・感じた儘に詩語を拾い出して組み立てるのに熱中しています。頼りは、40年来の詩吟と剣詩舞の経験を通して親しんだ諸々の詩で、今、詩作りの糧になったことを有難く感じています。

 この度は、まさかの栄誉ある受賞に、分に過ぎるものと戸惑いましたが、両親の喜びは一入で、拙詩を飾り額に納め、祖父母の面影を浮かべて故郷への夢を追っている様です。

 漢詩の勉強で多少の親孝行が出来た事に感謝して、厚く御礼申し上げます。これからは、伊藤竹外先生始めスタッフの皆々様の熱意炸裂した素晴らしい構成に加えて頂いた感動に報いるべく、三道一如の精神高揚を目指して努力致します。