(2009年04月01日)

<文壇こぼれ話M>

講演旅行と有馬頼義さん
常務理事  岡崎満義

 3月、確定申告の時期になると、必ず有馬頼義さんのことを思い出す。

 私は有馬さんの担当になったことは一度もないが、講演旅行に同伴したことがある。講師は作家三人、地方の五都市を一週間ほどかけて回る、という旅程だった。

 ときには、原稿締切間際の作家の尻を叩いて、毎日何枚かずつもらう、という役目を託されたりすることもあるが、いつも書斎で原稿用紙を前に四苦八苦の時を過している作家にとっては、そんな日常から離れて遠くへ旅するのだから、気分は昂揚している。だいたい、日頃仲のいい仲間が三人一組になることが多いから、その旅はまことに楽しいものになる。

 有馬さんに同行したときは、ほかに大宅壮一さん、梶山季之さんで、三人とも話題は豊富、座談の名人だったから、汽車の中や旅館の夕食時はまことに楽しかった。

 有馬さんは久留米藩のお殿様の末裔で、父上の頼寧さんは戦前、プロ野球の東京セネタースのオーナーだった。有馬さんも大変な野球好きで、大学の野球部の監督をつとめたこともある。

 自分もセネタースという草野球チームをつくって、リリーフ投手でマウンドにあがった。球は遅いのだが、妙なひねくれ球で、私も対戦したとき、まことに打ちにくかったことを覚えている。

 よく言えば、味のあるピッチングである。スピードはないが、味だけはある。有馬さんの座談を思い出すとき、必ずそんなピッチングも一緒に思い出す。

 大宅さん。梶山さんを前に、有馬さんがやっと確定申告を終えた、と話し出した。

 「この間、吉行淳之介に会ったら、ニコニコしてるんです。さてはめんどうな確定申告を終えてスッキリしているんだな、と思ったら、『今年は必要経費をたくさん認めてくれてね』と、笑いが止まらないんだ。

 吉行が言うには、私の小説はご承知の通り、だいたい女が中心で、恋愛、失恋をくりかえす。こういう小説に使える女を取材するには、いいホテルや料理屋でごちそうしなくてはならない。旅に出たりもする。

 ふつうの取材以上に金がかかる。ぜひ“女代”というものを、必要経費として認めてもらいたい、と税務署で頼んだら、わりとあっさりOKしてくれた、というんです。

 それを聞きつけた柴田錬三郎が品川税務署に行って、私も女遍歴風な小説も書いているので、必要経費の“女代”を認めてほしい、と言ったところ、こっちはダメ。

 紫錬は烈火の如く怒り、吉行は純文学だから女代を認め、オレは大衆文学だから認められない、というのは差別もはなはだしい!と抗議したところ、相手の税務署員は、あなたは作品のためというより、ご自身で楽しんでいらっしゃるので、小説の必要経費とは認められません、と断られたそうですよ」

 どこまで本当でどこまでウソかわからないような、人をくった話を、有馬さんは次から次へとくり出して、抜群の座もちのよさであった。

 中山義秀さんは大変な酒好きで、汽車から下りて宿に着くや、熱燗を一本、となる。夜は講演があるので、だいたいはお銚子二、三本でブレーキがかかるが、あるとき、アクセルの方を踏んでしまった。

 銘酊したままそれでも壇上にのぼり「ご当地のふるまい酒、まことに結構でございました。これにて失礼」と、楽屋へ下ってしまった。講演の最短記録保持者である。