(2009年08月15日)

漢詩とベートーベン

洋の東西を問わず、考え方は似ている!
猪狩 立雄

 私は二十代からクラシック音楽に興味を持ち、現在も時をみて聴いております。又六十才定年になって、詩吟を習い始めましたが、吟友に薦められて、漢詩を勉強して十数年になります。最近音楽を聴いていて、これは漢詩だと思うことが時々あるのです。

 例えばあの交響曲第三番「英雄」

第一楽章(起句)は、ある英雄の人民を味方に世の変革を求める力強い勇姿を描き

 第二楽章(承句)では、その死を悼み、英雄に対する崇敬の念禁じ得ず

 第三楽章(転句)では、英雄の志を糧に、民衆の力盛り上がりて

 第四楽章(結句)で、人民による平和な世界を力強く奏で上げてゆく

又交響曲第五番「運命」

 第一楽章(起句)「運命はかく扉を叩く」運命の人民に対する厳しさを描き

 第二楽章(承句)で、厳しさだけでなく、やさしく頬笑みかけることもあるよと囁く

 第三楽章(転句)では、運命に立ち向かってゆく人民の苦悩を訴え

 第四楽章(結句)で、更に人々の運命に克つ、魂を揺り動かす力を奏でる

次に交響曲第六番「田園」これは五楽章

 第一楽章(起句)「田舎に着いた時の愉快な気分」

 第二楽章(承句)「小川のほとりにて」

 第三楽章(転句)田舎の人々の楽しい集い

 第四楽章(転句)雷、あらし

 第五楽章(結句)牧歌、あらしのあとの喜びと感謝

以上交響曲はその殆どが四つの楽章から成っております。漢詩の絶句も起・承・転・結四つの句で表現、構成されています。誠に勝手な推量を致しました。

洋の東西を問はず人の考え方は似ている様に思えてなりません。