(2009年11月15日)

<文壇こぼれ話O>

笹沢左保さんの机と椅子
常務理事  岡崎満義

 私が接した作家の中で、いちばんの艶福家は笹沢左保さんだろう。文壇バーといわれた銀座の「眉」あたりでは、座談の名手・吉行淳之介さんと並ぶモテモテ第一人者だった。

 笹沢さんは酒はほんのたしなむ程度、酩酊している姿は一度も見たことがない。吉行さんも酒は好きだったが、決して強くはなかった。ビールをトマトジュースで割って飲む、というふしぎな酒であった。編集者仲間を見渡しても、モテる男は100%下戸であった。

 呑ンベに本格的なプレイボーイはない、というのが、私の長年の観察結果である。呑ンベは飲んでいるうちにどんどん酒だけで気分がよくなって、女性に対してまめに応対できなくなる。酒と女性と、二兎を追うのは至難のワザである。

 ところが、笹沢さんはホステスたちにまめであったようには見えなかった。水割りのグラス一杯の静かな酒で、ご機嫌とりふうのやりとりもなかった。酒場に行くと、ふだんのちょっとニヒルな感じがより色濃くなって、逆にそれがモテる秘密かと思ったりした。

 小平市に自宅を新築したときのお祝いバーティは、まことに華やかなものだった。銀座のホステスたちが七、八人、各社の編集者がたくさん集まって、にぎやかな新築祝いになった。家は鉄筋コンクリート造りの二階建で、みんな「まるで、軍艦だね」と話したものだった。

 家の内部も案内してもらった。書斎には大きな机、○○株式会社の社長の机、といった風情の立派なものがデンと収まっていた。椅子はグルグル回して高さを調節するものだったが、何とそのときの高さは床上10センチ位だったろうか。

 私はその高さの意味するところがすぐわかって、思わず笑ってしまった。笹沢さんがこの椅子に坐ると、ちょうどアゴが机にのるようになっている。

 笹沢さんはかなりひどい近眼で、ふだんはだいたいかたい布団に寝そべって原稿を書くのだが、目と原稿用紙の距離は約5〜10センチ。原稿用紙の手前のかたい枕にアゴをのせて書いていくのである。

 枕というより、アゴ当てである。作家にはペンダコがあるものだが、笹沢さんにはもうひとつ、枕ダコとでもいうものがアゴにできていた。一世を風靡した木枯し紋次郎もそこから生まれた。

 そんなわけで、机に向い、椅子に坐って原稿を書くときも、目の位置の関係で椅子は床上10センチとなった次第。立派な机と床スレスレの低い椅子、という奇妙な書斎の風景となった。