(2010年02月15日)

<文壇こぼれ話P>

神吉拓郎さんの一本歯
常務理事  岡崎満義

 「紳士」という言葉にふさわしい日本人を一人あげるとすれば、作家の神吉拓郎さんだろうか。もちろん、私が会った人の中で、という条件付きだが。

 品がよく、シャイで、ユーモアとウィットに富み、博識で、お洒落で、しかもスポーツマン、そしてどことなく男の色気が感じられる、…といういくつものハードルをヒラリと飛び越せるのは、神吉さんだと思う。

 痩身、筋肉質のからだで、身のこなし方もスマートだった。野坂昭如さんらと、激しいラグビーなども平気でやった人だ。

 作家になる前、『オール讀物』の黄色ページ(艶笑譚風の小話)の定連の匿名ライターなどで糊口をしのいだ時期も短くはなかったと思うが、生活の苦しさなどはおくびにも出さず、飄々とこれぞ自由人、という感じで生きている人だった。

 神吉さんの唯一の弱点は、歯が悪かったことだろうか。割合早くから義歯になった。どんどん歯が抜け落ちて、上の前歯が一本になったとき、みんなでからかったことがある。

 「グルメの神吉さんでも、歯がなくなったらそうはうまいものが食べられないでしょう」

 「なに、歯ぐきがあるから、たいていのものは食べられますよ。ノウプロブレム!」

 「柔かいものなら、でしょう」

 「硬いものだって食べられるさ」

 「でも、スルメはさすがにダメでしょう」

 しばらく、間があって、

 「そこが工夫のしどころ、歯をミシンのように一本針に見たててスルメに穴をあけて点線を作っていけばスルメだって小さくきれいに切って食べられますよ」

 「紳士」神吉さんのあまりの負けず嫌いに、みんなで大笑いしたものだった。

 神吉さんが亡くなったあと、たしか友人の永六輔さんが世話人になって、東京会舘でお別れ会が開かれた。出席者が驚いたのは、広い会場のまん中に大きなテーブルが置かれ、その上にものすごい数のパンが山と積み上げられていたことだ。

 それも一種類のパンではない。食パン、アンパン、メロンパン、クロワッサン、フランスパン、コッペパン…。司会者が、「神吉さんはパンが好きだったので、東京会館のパン職人さんに頼んで、あらゆる種類のパンを作ってもらいました。帰りにお土産として、お好きなパンを、ほしいだけビニールの袋に入れてお持ち帰り下さい」と言った。

 お洒落な神吉さんにふさわしいお別れ会であった。

 永六輔さんといえば、忘れられないことがひとつある。『オール讀物』「みだら曼荼羅」というエッセイを連載してもらっていたとき、取材旅行でさし絵担当のイラストレーター山下勇三さんと三人で、香港、台湾へ行ったことがあった。

 永さんはやむをえない用事があって、一日早く、一人で帰国したが、羽田の税関で大変だった、とあとで聞いた。

 永さんは旅の達人で、三泊四日位の外国旅行なら大きな旅行鞄など持たない。脇にはさめるぐらいの小さなバッグ一つ、という超軽装である。このときもそんないでたちだった。

 香港土産に陶枕を一つ買ったのがトラブルのもと。小さなバッグと陶枕だけ、というあまりにシンプルな持ち物で逆に疑われた。

 陶枕の中に麻薬でもしのばせているのではないか、と別室によばれて、徹底的に調べられた。税関職員を納得させるには、ある程度の荷物量がいるんだ、と永さんは苦笑した。