(2004年07月01日)

〈福井県〉

橋本左内や梅田雲浜から
「越風吟社」までの道程
永井 竜巳

 戦後、漢詩凋落の歎声を聞くようになって久しい。教育界の荒廃と揆を一にするのは偶然だろうか。昨年全漢詩連が発足した。いわば已むにやまれず立ち上った民間主動の国民的文学構造改革の始動である。

 ところで最近の一般詩歌では、着想の見事さだけで基礎学力の疑問を押して表彰されるケースが眼につく。奨励したいのは判るが、もっと語学力のの底上げに力点を置いてはどうか。仮名が工夫されてわが国の言語表示が真名(まな…本当の文字)と仮名(かな…仮の文字)で綴られるようになった経緯を考えても、漢字文学の精髄ともいえる漢詩の普及にもっと国家的規模の取り組みがあってよいと思うのだが…。既に漢詩は漢字と共に日本人の遺伝子に組み込まれて来たのだから。

 振り返って福井県にも、橋本左内や梅田雲浜などの志士以外に漢詩人は大勢いた。それが此処10年ほど前には皆無同然になったのである。誰か焦桐の典雅に再び火を灯す者はいないか。そうして生れたのが越風吟社である。而後6年、漢詩の鑑賞と創作に手をそめた男女は約60人。人口80万強の小県としては可成りだと思うが、如何せん、晩学と高齢の厚い障壁が立ちはだかっていることは何処も同じである。

 いま新しい試みとして高校の課外活動に講師や経費は当方負担でよいからと漢詩の採択をお願いしているが、これがまた抵抗勢力に遭ってなかなか…。明年福井県で開催の国民文化祭に、第5回全国漢詩大会を三国町へ招くよう漕ぎ着けたのが精一杯。沢山の方々がご参加頂いて、私どもに奎運挽回の元気を与えてくださるように願ってやまない。