(2006年01月01日)

お薦めの一首⑤

ある掛軸の詩
常務理事  川久保 廣衛

 この掛軸(写真)は、徳川幕府最後の老中であった松叟板倉勝静[かつきよ]公の書である。筆者が購入した唯一の掛軸である。 タテ・ヨコの寸法を計って紹介するのが習いであるかもしれないが、通常の床の間に長短よろしきを得る程のものである。

 さて、この詩は唐の李紳[りしん](780~846)の詩である。

鋤禾日當午 [か]を鋤いて日 午に当たる
(稲のねもとをすいて 日 午に当たる)
汗滴禾下土 汗は滴る 禾土[かど]の土[ど]
(稲のねもとのつち)
誰知盤中飡 誰か知らん 盤中[ばんちゅう]
の飡[そん](飯のこと)
粒粒皆辛苦 粒粒 皆辛苦なるを

[押韻]五言絶句。上声麌韻。
第一句の「午」も韻をふんでいる。

 30年前のことである。その主人は、突然筆者が問う三島中州の話を打ち切って、一本の掛軸をとり出してきて、「これをお買いなさい。中州が仕えた殿様の直筆の掛軸ですよと言うので主人のいう値で引き取った。「詩も書も殿様らしい」とだけは記憶に残っている。



 当時、筆者が奉職した二松学舎大学が、間もなく創立百周年を迎えるに当たって『百年史』を編集することになった。

 筆者もその編集の一部を担当することになり、創立者 三島中州の出身地である備中松山(現在岡山県高梁[たかはし]市)に調査出張を命ぜられたのである。

 その主人とは当地の芳賀直次郎翁で、その折の調査出張は、「中州は早く東京にあらゆるものを移してしまったので、何かあるとすれば、あなたのいる二松学舎以外にはありませんよという芳賀翁の言葉を復命として終了してしまった。

 後日、本会顧問であった故石川濯堂先生にお見せしたところ、「殿様の字だねと評されたが、詩については、何とも言われなかった。

*文中、書き下し文、押韻については、山田勝美著
『中国名詩鑑賞辞典』(321頁/角川書店昭和53年刊)による。

☆著者略歴 本会常任理事
二松学舎大学中国文学科卒
同 名誉教授
1934年生まれ