(2008年04月01日)

自然と平凡は紙一重の差

高邱「尋胡隠君」
奥田 魚銭

渡水復渡水 水を渡り復た水を渡り
看花還看花 花を看て還た花を看る
春風江上路 春風江上の路
不覺到君家 覚えず君が家に到る

 春の日の長閑さに隠者の胡君を尋ねようという気持になり、ぶらりぶらりと花に浮かれながら歩いた様子を工[たくみ]に現した詩である。文字に何の技巧をしない処に「自然の妙味」が出ている。

 然し、「自然」「平凡」の区別は僅かに紙一枚の差である。どこに自然の旨味が有るかという事は、充分に精思して悟るべきである。

 この詩は「四句一意の法」で作られている。起承二句は、五仄五平で一種の拗体詩で古調、しかも縄墨に拘束されぬ所に一層の面白味を感ずるのである。青邱集中五絶の圧巻である。文字の剪裁にのみ苦心する者は、このような自然の飾り気のない詩は出来ぬ。

 天来の美、神来の妙を得るは、文字以外に「大悟の境」有るを知らねばならぬ。生涯に一首でも、このような秀作を詠じたいものである。