(2008年04月01日)

母親の子を思う心

孟郊「遊子吟」
豊嶋 睦
慈母手中線 慈母 手中の線
遊子身上衣 遊子 身上の衣
臨行密密縫 臨んで行に密密に縫ふ
意恐遅遅帰 意に恐る遅遅として帰らんことを
誰言寸草心 誰れか言ふ寸草の心
報得三春暉 三春の暉に報ひ得んと

申すまでもなく、この詩は中唐の詩人孟郊の「遊子吟」、他郷に遊学するわが子を思う母親の深い慈愛を詠んだ作品である。

さて、私たちは、大東亜戦争の将に始まらんとする昭和16年4月、笈[きゅう]を負って県都松山市の愛媛県師範学校に入学したのだが、それ迄の高等小学校時代には無かった英語と漢文の授業には心引かれた。

中でも漢文ご担当の小川大舜先生は、抑揚のある詩文の詠みと明解な解説で生徒を魅了されていた。

かくして、新入生の多くから慕われておられた先生は、遠く故郷を離れて、寂しく寮生活を送っている新入生の心中を慮[おもんぱか]られ、「遊子吟」の詩を板書しつつ<母親の子を思う心情の広大無辺さ>を説かれ、私達を慰め励まして下さったのであろう。

爾来、この詩を詠むにつけ、当時のことが懐かしく想い起こされてくるのである。