(2010年02月15日)

諸橋轍次記念館にて

                                                           全漢詩連会長  石川 忠久 

 平成21年11月21日(土)、10時32分の新潟行に乗る。菅原事務局長同行。関東平野は快晴なるも、山へ近づくにつれ曇、新潟へ入ると雨になる。

 12時21分、燕三条着。駅に佐藤海山氏らが出迎え。用意の小型バスにて下田へ。平成九年に来た時は、下田村と言ったが、今は三条市の中へ編入されており、記念館も三条市の管轄になっている。

 約五十分田園地帯を通り抜けて到着。悟空庵なる食堂にて、まず中食。この悟空庵の名の由来は、諸橋博士が少年時代、向うの八木ヶ鼻を眺めつつ「西遊記」の世界を夢想したエピソードに基づくという。

 食後、記念館へ。羽賀吉昭館長及び博士の令息普六氏ご夫妻と初対面の挨拶。晋六氏は今回の催しの名誉会長として招かれたとのこと。周知のように三菱商事という日本を代表する大会社の社長を務めた方(現在特別顧問)

 晋六氏は明朗闊達な人柄で、ご本人は巌父の学問とは全く無縁の世界へ入ったと苦笑されるが、方面こそ違え立派に跡を継いだと言うべきご活躍だ。

 二時半より四時まで、「漢詩文と諸橋大漢和」と題して記念講演をする。約百六十名、満席の盛況だ。

 博士が愛弟子の鎌田正博士より菊の鉢を贈られたのに感謝を述べた二十句の長詩や、明治の元老元田東野(永孚)に倣った「年老逢春吟」(七言律詩)を紹介し、ついでに以前来訪時に作った拙作も披露した。

 諸橋、鎌田両博士の師を思い弟子を思う深情はまことに稀有のことで、話をするだに心打たれるものがある。

 前にも泊った嵐渓荘に投宿。六時より大広間にて懇親会。諸橋ご夫妻とわれわれ夫婦が向かい合いに坐り、和やかに歓談し、また大勢の会衆と献酬して楽しい一夜を過ごした。

   北越車行二首
両毛尽処碧空尽 両毛尽くる処碧空尽き
車入越州天漸陰 車は越州に入り天漸く陰[くも]
今日再尋碩儒邑 今日再び尋ぬ碩儒の邑
追懐遺徳感逾深 遺徳を追懐して感逾[いよ]いよ深し



此水此山如旧知 此の水此の山旧知の如し
車行百里景相追 車行百里景相い追う
稲田稼了郊村静 稲田稼し了[おわ]り郊村静かに
煙雨濛濛錦繍時 煙雨濛々たり錦繍の時

 翌22日(日)、快晴の天気に恵まれた中、受賞者たちと曲水流觴≠フ遊をしたのだが、紙数が尽きたので割愛に従う。