(2004年07月01日)

日本の漢詩@

上杉 謙信

全日本漢詩連盟会長  石川 忠久

 今回から、日本の漢詩を一首ずつ取り上げ、鑑賞していくことにしよう。

  九月十三夜、陣中作     上杉謙信
霜満軍営秋気清 霜は軍営に満ちて秋気清し
数行過雁月三更 数行[すうこう]の過雁[かがん]
月三更[つきさんこう]
越山併得能州景 越山併[えつざんあわ]せ得たり
能州[のうしゅう]の景
遮莫家郷憶遠征 遮莫[さもあらばあれ]
家郷[かきょう]遠征を憶[おも]うを

(訳)
 霜は陣営を白く蔽[おお]い、秋の気は清[すが]すがしい。
空には雁の列が鳴き渡り、真夜中[まよなか]の月が冴えざえと照らしている。
越後[えちご]と越中[えっちゅう]の山々に、
今、能登[のと]の景色も併せて眺めることができた。
故郷にいる家族たちが、遠征のこの身を案じていようと、
それはどうでもよい。

 天正5年(1577年)の9月13日(陰暦)の夜、能登の七尾[ななお]城を攻め落とし、意気揚々と詠ったもの。上杉謙信は、折からの皓々[こうこう]たる月光の下、将兵に酒を振るまいながら、この詩を作ったという。頼山陽の『日本外史』に、その様子が漢文で書かれている。

 謙信には、この詩一首しか伝わらないが、この詩を見るかぎり、なかなかの作り手と見える。「遮莫」は、さもあらばあれ、と訓[よ]んで、「そんなことは、どうでもよい」の意。前の句にかけて、「それはそれとして」の意に取る人がいるが、間違いである。

 今の新潟から富山、石川と領土に収めて、稚気満々、「家族どもが気遣[きづか]っていようが、どうでもよいことじゃ」と胸を張っている様子が目に浮かぶ。だが、どうでもよい、と言いながら「家郷」に言及していることが、逆に「家郷」を忘れぬ優[やさ]しさを露[あらわ]してもいる。

 なお、晩秋9月の十三夜の明月(名月は和語)を賞[め]でるのは、わが国独自に創[はじ]めた風習である。法性寺[ほっしょうじ]関白藤原忠通(ふじわらただみち/1097〜1164年)に、「十三夜影古[やえいいにしえ]より勝[まさ]る」の句がある。

 わが国の湿気の多い気候では、晩秋九月の月の方がよりくっきりと仰がれるという発見であろう。完全より、少し足りないのを面白し、とする美意識も、日本独自のものだ。