(2005年10月01日)

日本の漢詩A

菅 茶山

全日本漢詩連盟会長  石川 忠久

     冬夜読書
     菅 茶山[かん ちゃざん]
雪擁山堂樹影深 雪は山堂を擁して樹影深し
檐鈴不動夜沈沈 檐鈴[えんれい]動かず夜沈沈
閑収乱帙思疑義 [しず]かに乱帙[らんちつ]を収めて疑義を思う
一穂青燈万古心 一穂[すい]の青燈万古の心

(訳)
雪は山の書斎を降りこめ、樹の陰も深い
軒端の鈴はコトリともせず、夜は更けてゆく。
静かに乱れた書物を収めながら、今学んだ内容を考えてみる
すると、部屋の燈火の青い焔がじーっと燃えて、その焔を通して
古の賢人の心が伝わる心地だ。


 勉学の詩の最高傑作と言ってよい。雪に降りこめられた山の書斎で、古の賢人(孔子や孟子など)の書物を読む。「帙」は和とじの本を収めるカバーのようなもの。その中から本を取り出していろいろ調べ、読み終わるとまた帙の中へ収める。収めながら、あれこれ今読んだ古典の意味、先人の心を思う。

 ここで、部屋の燈火に着目したのが、詩人のひらめきだ。稲穂の形で青く燃える焔。それを「一穂の青燈」と言った。

 第二句で軒端の鈴が動かない、ということにより、外は無風であることが暗示されている。従って部屋の中にも隙間風は入らない。ゆらめかずにじっと燃えている青い焔。その焔を通して先人の心が伝わるのだ。何とも素晴らしい表現だろう。

 この詩は勉学の本質、といったものを教えてくれる。一つには冬の夜の寒さによる「緊張」。勉強はダラダラしていてはできない。ギュッと身の引きしまるような中で勉学に励むのだ。

 もう一つは「凝縮」あるいは「集中」。じっと燃える青い焔に、古人の教えが凝縮されて伝わる心地になる。

 以前、中国の武漢大學を訪問した時のこと。学生達が寒さをこらえて、図書館の薄暗い燈の下で、一心不乱に勉強していた。その時思わず、「一穂の青燈万古の心」の句が口を衝いて出たのであった。何一つ不自由のない環境が良いのかどうか、却って足りない方が勉学の意欲をかき立てるのではないだろうか。考えさせられることである。

 菅 茶山(1748〜1827)は、広島県福山の人。本名は菅波晋帥[すがなみ ときのり]「黄葉夕陽村舎」を開いて、子弟を教育した。頼山陽もここの塾長をしたことがある。