(2004年10月01日)

「漢字が消える日が来るか」

全日本漢詩連盟会長  石川 忠久

 表題は、ドナルド・キーン氏の講演の演題である。8月末、二松学舎大学で、「東アジアにおける漢字文化活用の現状と将来」という国際シンポジウムが行われた。その冒頭の基調講演をキーン氏にお願いしたのである。

 氏は、周知の通り、日本文学を愛し、深く理解している学者だ。表題の答えは当然“ノー”であるが、ワープロ、パソコンの普及により、漢字が書けなくなることに警鐘を鳴らして、「便利さが目標になっていいか」と喝破された。「文化は不便の上に成り立つ」とも言われた。

 1時間に及ぶ講演は、たいへん熱のこもった、日本人にとって一々胸に滲みこむ内容であった。新装成った校舎の講堂に詰めかけた満員の聴衆は、大いに魅了された。

 二松学舎は、“国漢の二松”と呼ばれた伝統を踏まえ、近年、“東アジアの文化と社会”に特化する体制を進めている。組織を変え、研究所を設け、カリキュラムも改めた。そしてこれを外へ向かって宣揚[アピール]していかねばならない。このたびのシンポジウムは、その一環として、新校舎のこけら落しと兼ねて行われたものである。

 折しも、文部科学省の「COEプログラム」に、二松学舎が申請した課題[テーマ]が採択されたのは大きかった。その題目は、「日本漢文学研究の世界的拠点の構築」という。 COEとは、英語の「センター・オブ・エクセレンス」(先端的研究拠点)の略である。これに選ばれるのは大変で、今回は320大学が申請し、採択されたのは28(うち私立大学はわずかに4)、という激戦であった。

 それにしても、「日本漢文学」という、地味で、人によっては“時代遅れ”などと言いかねないテーマが、よくぞ採択されたと思う。その採択の理由を見ると、──漢文は日本文学の中心であったにもかかわらず、戦後は疎んじられ、衰退しきっている。二松学舎は漢文教育を堅持している希少な大学である。──とある。

 これは、ひとり二松学舎にとっての快挙であるに止まらず、漢詩漢文に関わるすべての分野に亘って、勇気づけられることではなかろうか。風が良い方向に吹いてきたようである。この機を逸することなく、所期の目的の達成へ向かって進みたいと思う。