(2006年10月01日)

行田・忍[おし]郷友会の活動

全日本漢詩連盟会長  石川 忠久

 8月26日(土)、上越新幹線にて11時23分熊谷着。忍[おし]郷友会の渡辺さんに迎えられ、車で20分ほどの行田の会場へ向かう。

 この地は江戸譜代大名松平氏10万石の城下町で旧名を忍という。途中、復元成った櫓など城趾を見る。よく整備された閑静な町である。文久2年(1862)創業という鰻屋で昼食。1時前、会場の中央公民館へ。

 1時半開会、五歳九歳児の『論語』・俳句・唐詩の朗誦30分。一期生(昨年より開始)、二期生それぞれ10名ぐらい。元気のよい声が会場に響いた。なお、この時の模様はNHKが取材し、翌日テレビで紹介された。

 その後、3時半まで「芳川波山の漢詩」と題して私の講演。

 芳川波山(1794−1846)は忍藩の藩儒である。常州(茨城県)潮来の生まれ。14歳で江戸へ出、山本北山に学ぶ。19歳で北山死去。京阪、長崎方面を歴遊修業の後、伊豆で塾を開き、31歳の文政8年江戸へ戻って塾を構える。翌年、新たに忍城主となった松平忠堯に見出され、抜擢されて藩儒となる。

 以後死ぬまで藩黌進修館を主宰し、藩の学問教育に尽瘁する。

 漢詩は、『囚山亭百律』が刊行されているが今回見ることができず、筆写本の「舎魚堂詩集」より10首ほど選んで解説する。北山門下の宋風の味わいの中にも、独自のセンスの閃きが感ぜられる詩もあり、時代を代表する詩人の1人であろう。

 今後全詩を閲読してその詩趣を紹介したいと思う。近くの古刹に蔵されている作品の写しを依頼しておいた。

 閉会後、場所を移して懇親会、藩主後裔の松平忠昌氏(63歳)を中心に郷友会の皆さん20数名、大いに盛り上った。23年後には藩校サミット開催に手を挙げたい、という話にまでなった。また、県立行田進修館高校にテコ入れをして、特色ある学校にしようという話も出た。

 折角藩校の名を冠しているのだから、ぜひそうあってほしいものである。二松学舎と提携するのもよいではないか。

 明るい未来象を描きつつ、7時の新幹線で帰京の途についた。

    忍城偶成
三百諸侯競美風 三百の諸侯美風を競い
進修名古武州中 進修の名古し 武州の中
児童斉唱先賢句 児童斉唱す 先賢の句
今識郷黌化育功 今識る 郷黌化育の功