(2008年02月15日)

中華街・媽祖廟讃のこと

全漢詩連会長  石川 忠久

 横浜中華街の元締[もとじめ]であり、華僑総会の会長をしている曽コ深氏(昭和15年生まれ)は、私の昔の教え子である。その縁りで平成18年の海の日(7月17日)の湯島聖堂文化講演会に講師として招き、「胃袋の国際化」という講演をしてもらった。またそれが機縁となって、年末の湯島聖堂の懇親会を曽君の経営する中華街菜香飯店にて催した。その際、出来たばかりの媽祖廟を、曽君の案内で参観することができた。

 前置きが長くなったが、この度曽君から、媽祖の讃を作ってくれという依頼があったのである。日本の篤志家が醵金して石碑を建て、それに讃を刻むという。日本語の讃はその人が作ったが、この際、中国式の讃が欲しいとのこと。勿論否やはない。早速作ることにした次第。

 媽祖は、日本人には馴染みが薄いが、中国の南部の沿海地方では、海上安全を護る女神として篤い信仰を集めている。その本部は福建省の?洲(?田市に属する)にあり、大きな媽祖像と廟殿が建てられている。

 媽祖は実在の女性で、本名を林黙娘という。西暦960年に?洲島で生まれ、生後1ヶ月も泣き声をあげないので「黙娘」と名づけられた。10歳ごろから念仏を唱え、16歳で神通力をあらわし、むしろに乗って海を渡り、雲に乗って島を巡り、人々の病や災難を救った。28歳の9月9日に昇天した後も、海上を舞い人々を救ったので、人々は廟を建てて神として祀るようになった、と。現在は台湾や東南アジア各地にも廟が建てられ、航路の安全、商売の繁昌など庶民の守り神になっている。

 さて、これらのことを踏まえ、次のような讃を作ったのでご披露しよう。なお、讃は「たたえる言葉」の意で、四字句で作り、偶数句末には押韻するのが原則である。

   横浜媽祖神讃  (太字は韻)
通霊女 通霊の女神
?洲分 ?洲の分身
扶桑金港 扶桑の金港
廟宇此 廟宇此に新たなり
天行海路 天行と海路
浪静風 浪静かに風[ととの]
恩恵千載 恩恵は千載
保護万 万民を保護す

(注:金港は横浜の雅称)