(2008年04月01日)

新しい火よ、燎原の炎となれ

全漢詩連創立5周年を迎えて

全漢詩連会長  石川 忠久



石川忠久会長

 早いもので、もう5年が過ぎた。今、創立大会の湯島聖堂大成殿前での集合写真を見ると、当時の熱気がまざまざと甦ると同時に、元気に参加した長老の幾人かが已に鬼籍に入っていることに、一抹の寂しさを禁じ得ない。

 新陳代謝は世の常とは言うものの、長老方の面影を抱きつつ、遺された業[わざ]を継いで、さらに前進することを、改めて茲に誓いたい。

 さて、この5年、まず県単位の漢詩連盟(県連)が次々に誕生したことは喜ばしい。元々の四国四県に加えて、岡山、島根、茨城、千葉、東京、神奈川、埼玉、栃木、福井、福岡と14都県が、平成20年4月現在声を上げている。胎動中のものも幾つかあり、この勢いを伸ばし、何とか全ての県に連盟を、出来るだけ速やかに設けたいものである。

 ただ、県連の会員が増えても、全日本の方がなかなか増えないのが問題である。当初目指した5千人は愚か、2千人の壁をまだ越えられない現状だ。両者の関係、在り方をまず考えるのが、次の5年の大きな課題となろう。

 どの道もそうだが、実は一番大きい問題は、若い人を獲得することである。今、漢詩連盟を主に支えているのは、60歳代後半より以上の年代の人たちである。次の5年の間に、これ以下の年代の人といかにうまく引継ぎを成功させるか。そして、20代、30代の「本当に若い人」をいかに呼び寄せるか、命運は此に掛っている。

 その点に関して、二松学舎大学で平成18年より始めた、高校生、大学生を対象とする「漢詩コンクール」は、規模は小さいながら前途に希望を抱かせるものがある。19年は応募が増えているのも心強い。

 この試みを成功させるために、二松学舎では、重点校を指定して指導体制を築く方策を考えているが、これと県連とが連携できれば相乗効果が生まれるのではなかろうか。また、漢字文化振興会でも、23の高校の漢詩クラブに多少の援助を行っている。地方の拠点大学に研修会を開くことも模索している。いずれもまだまだ小さい動きではあるが、これらが合流してやがて大きな流れとならぬとは限るまい。

 ところで、目を外に向けると、「本家」の中国の方でも漢詩の道は盛んになって来たようである。東京外語大に留学して学位を得た金中君(現西安交通大学教員)が、連絡委員となって活躍してくれるのは嬉しいことだ。彼が送ってくれる月刊誌『中華詩詞』には、毎号多くの作品が載せられ、論文や消息[ニュース]もあって有用だ。

 この2月のこと、湯島聖堂の私を訪ねて、「世界漢詩協会」の会長銭[せん]明鏘[めいしょう]氏が来られた。浙江省杭州市の人。『世界漢詩』という立派な機関誌を発行し、アメリカ、香港、台湾、マレーシア等々、世界的な広がりで漢詩愛好家を糾合している。詩」といっているところが面白い。9月にロサンゼルスで行われる世界大会に是非出席してくれとのこと。

 概して中国の古典詩作の水準の方は、まだそれほど高くないが、何しろ勢いがすごい。初等中等教育に於いても、名詩の暗誦を義務化するなど、古典の素養作りに国として力を注ぎ始めた。日本もこれに負けないような古典教育を急がなければならない。それには現行の教育の内容を変える必要がある。戦後60余年のひずみを直すのは容易なことではない。

 まず、無定見な漢字使用制限と、簡略化の是正が第一だろう。中国では初等段階(教育漢字)で2千字(日本は千字)、中等段階(当用漢字)で3千字(日本は2千字)を課している。假名がないため、3千字教えないと新聞が読めないということだ。中国の子どもに2千字、3千字教えるなら、日本に出来ない理屈はない。しかも仮名があれば難字にルビを付することも出来る。ここから始めれば良い、と判っていても、これを実現するにはいろいろな障碍が立ちはだかっている。

 幸い、東京の世田谷区では、小学校から古典を学ばせる体制を作り、そのための国語の教科書も編集した。昨年の4月から、それを用いた教育をいよいよ実行に移している。新しい教科書は全国から問合せが殺到しているそうだ。この新しい火がやがて燎原の炎とならんことを期待したい。



平成15年3月21日、湯島聖堂大成殿前で、設立総会後の記念撮影