(2003年03月30日)

《新聞再録》

全日本漢詩連盟が設立総会
研究と普及、交流めざす

〈日本経済新聞3月30日付朝刊〉

漢詩の伝統復活へ愛好者が連盟設立

「日本人がかつてもっていた漢詩を作るという風雅の道を復活し、若い人に伝えたい」

春分の日、東京の湯島聖堂で開かれた全日本漢詩連盟の設立総会で会長に就任した二松学舎大学学長の石川忠久(岳堂)氏はこうあいさつした。

全日本漢詩連盟は各地の漢詩の実作者や愛好者を糾合し、衰退の危機にある漢学の伝統と漢詩の土壌を継承するために設立された。石川氏によると最初は三百人ぐらいの会員を見込んでいたが、予測を上回る約千人の入会者があったという。

漢詩は千年以上の伝統がある。遣唐船が廃止された九世紀末には「訓読法」によって中国の古典が読めるようになり、漢詩が盛んに作られた。江戸時代は漢詩の最盛期で、新井白石、石川丈山、菅茶山、藤井竹外、頼山陽などは漢詩を完全に自分のものとした。伝統は明治に持ち越され、夏目漱石、正岡子規、永井荷風らの文学者の精神的な支えとなった。

中国文学者の吉川幸次郎は「漢詩は夏目氏の文学において、相当の比重を占める。おそらくは俳句よりも、より多くの比重を占める」『漱石詩注』と述べている。

石川会長によると、漢詩は明治にナショナリズムが高まる中で正統文学としての扱いを受けず、国文学者は日本の漢詩を読まず、中国文学者は中国の古典ではない漢詩を扱うのは筋違いと“継子[ままこ]扱い”されるようになったという。

しかし詩人の清岡卓行氏が旧制一高時代の恩師で「最後の漢詩人」といわれた阿藤伯海の鎮魂歌『詩礼伝家』を書いたように漢詩の詩魂を愛する人は少なくない。各地のカルチャーセンターでは中高年層を中心に漢詩講座が設けられ、石川会長が漢詩を務めるNHKの講座のテキストは発行部数十万部に上る。

総会には四十代から最高九十四歳まで約百五十人が出席した。句数や語数の制限、各語の平仄[ひょうそく]の整斉、押韻など、漢詩には約束事がある上、思索力、直観が求められる。しかしそれ故に奥深いといえる。漢詩文の伝統がよみがえることを期待したい。

(編集委員 浦田憲治)