(2009年11月15日)

「幸魂清韻」と「幸魂詩壇」と

埼玉県漢詩連盟  増田泰之


「幸魂清韻」

当連盟では、いわゆる会報を「幸魂清韻」と称しています。一方会員の作詩の発表の場として、「幸魂詩壇」を編集しています。すなわち会報を二本立てとしています。

当初は、編集が出来るだけの記事や作詩が寄せられるのか甚だ不安でしたが、幸いそれは霧散しました。既に数度会報を配布しましたが、いずれも日限に遅れたことはありません。

そうして、そこには世間にありがちな利害関係、あるいは上司と下僚、先輩と後輩というような等差などは全くありません。誰でも等しく漢詩の愛好者です。

よって編集の際には、愚にも付かない情実などに煩わされることは一切ありません。詩が担当者のもとに達した順、すなわち先着順に誌上に配列掲載するまでです。果たしてこれが編集の名にあたいするか否か、疑念が生じることさえあります。

我が埼玉県に限っても、漢詩に関心を持っている人は県下一円におられるのです。筆者は、会報の編集にあずかったことにより、詩友とも同志とも呼ぶべき人々の存在を知りました。論語に、「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」ともあります。また、「文を持って友を会す」ともあります。

弱年の頃より脳裏に潜んでいたこの語句を思い出し、その深意をしみじみと味わっています。これこそ、無上の喜びとするところです。筆者がこのような心境になれるのも、会員の協力の賜物に相違なく、深く感謝しています。

さて、会報を編集し配布するとなれば、印刷費や送料等が必要になります。当連盟にありましては、その予算は決して潤沢とは言えません。もし苦しみがあるとすれば、それは専ら経費の捻出に四苦八苦する出納担当者が負っているのではないでしょうか。