(2008年02月15日)

中国漢詩現地報告②

日本の漢文訓読法を教える

全漢詩連駐中国代表  金 中

 2006年9月から、私は西安交通大学の日本語科(助教授)で正式に授業を教え始めた。中国の大学は毎年9月から始まり、7月に終わる。1月の下旬から2月までは旧正月を挟む冬休みであり、7・8月は夏休みである。上半期には「日本文学史」「翻訳論」、下半期には「日本文語文法」「中日文化交流史」の授業をそれぞれ担当した。



東京「日中友好陽春コンサート」にて。左が金中さん

 「日本文学史」の授業の中で、私は日本の漢文訓読法や、唐詩の日本語読みなどを教えた。日本語科の学生にとって、これは今後日本人と文化交流する上での欠かせない知識である。石川忠久先生と水出和明さんの漢詩作品を読ませた。水出さんは石川先生の主催する「桜林詩会」のメンバーであり、詩才に富んでいる。神奈川県の高校教員を辞めてから、現在、中国・南京の暁荘[ぎょうそう]学院で教鞭を執っている。

 日本語科の卒業論文として、張[ちょう]一心[いっしん]という学生が前千葉県漢詩連盟会長の故・綿引方風先生の漢詩作品について執筆し、私はその指導を担当した。「漢詩創作」という選択科目は2008年から始まりそうである。これらの授業で模索し、若い世代の学生たちに漢詩に対する興味を少しずつ持たせたい。

 私は現在、西安交通大学のキャンパス内にある青年教師寮に住んでおり、教室に出るには10分間しか掛からないほど、大変便利である。ちなみに、「交通大学」とは交通関係の大学ではなく、100年以上の歴史を持つ中国有数の総合大学である。50年代に上海から西安に移転してきた。大学の北側には昔の興慶宮[こうけいきゅう]に当る興慶公園があり、阿倍仲麻呂の詩碑がそこに立てられてある。南側にはかつて空海の留学した青龍寺[せいりゅうじ]がある。

 また、現在のキャンパスは昔、白楽天が住んでいた「常楽坊[じょうらくぼう]に当る。私の宿舎のすぐ近くに「東亭[とうてい]という竹の茂るところがあり、白楽天の像やその「養竹記」の石碑が立てられてある。日本の留学を終えて、私がかつて白楽天の住んでいた長安の場所に今、身を置いていることは感慨深い。



西安交通大学内にある白楽天像

 キャンパスは美しく、フランス桐が並木道を為している。西安においでの方は、ぜひここに足を運ぶことをお勧めする。これまで、中国歴史小説家の塚本青史さん、漢詩写真家の山口直樹さん、名古屋在住の全漢詩連会員・「漢詩を創ろう」サイト主宰の鈴木淳次さんが西安交通大学を訪れ、再会を果した。また、以前文通した大阪在住の全漢詩連会員・岡前清さんとも西安で初めてあった。西安は有名な歴史都市であるだけに、日本からの文化人の訪れも頻繁である。

中国漢詩界との交流

 中国の漢詩界と交流を進める第一歩は資料の交換である。私は日本から郵送されてきた
全漢詩連の会報と『扶桑風韻』を、北京にあ
る中華詩詞学会・中華詩詞社・首都師範大学・世界漢詩協会、長春にある長白山詩社、杭州にある西渓吟苑などに寄贈した。中国漢詩の代表誌である『中華詩詞』の9・10月号に、『扶桑風韻』の入選作品が多く掲載されている。

 9月に北京に出張し、21日に中国書法家協会副主席・林[りん][しゅう]先生のお宅を訪ねた。林岫先生は毎年、日中書道交流の責任者として参加し、今後新しい漢詩誌を発行する計画がある。24日に世界漢詩協会の会長・周擁軍さんを訪ねた。『世界漢詩』という雑誌は、発行部数が1300部ほどに達し、印刷も綺麗なものである。中国の漢詩界も、いよいよ賑やかになってくる。

 漢詩復興のために、中国と日本が一体となって努力する必要がある。唐の漢詩中心地だった西安の都が、再び日中漢詩交流の窓口になってほしい。

 私は、西安交通大学を拠点にして、日本漢詩界のことを中国に発信して参りたい。

 なお、2007年は東京都日中友好協会主催の「日中友好陽春コンサート」(3月)「日本と中国・音楽の夕べ」(11月)の催し、漢詩朗誦の出演に2回来日している。
「金中漢詩」サイトのアドレスはhttp://www.jinzhongshici.cnになった。