(2004年01月01日)

出雲・立久恵峡へ吟行しました。

鴎盟清集在雲州

石見漢詩を楽しむ会会長  濱村 一城

小中学校で漢詩文教育が軽視の最中、出雲市教育研究会国語部会夏期研修(小中学校教員)が、講師に全日本漢詩連盟初代会長石川忠久先生を迎え「漢詩の味わい方」の講演を開催されたことに、まず拍手を送ります。今一つ「島根吟社」にとって、又とない『不可復得』の好機縁ともなりました。

この研修会に便乗して、立久恵峡観光と清談へと洒落込んだのは、詩壇「島根吟社」同人であります。その中の私たち「石見漢詩を楽しむ会」は、この席で石川先生の励ましによって、出雲から石見へと事務局が移ることになったのです。各実共に「島根吟社」の同人となれたのです。

「出雲漢詩を楽しむ会」は昭和60年に結成を見ました。年刊詩集「神門」を18号まで、出雲総合芸術文化祭にも参加、漢詩大会を開催する等目覚ましい活動がありました。平成14年には県下の漢詩に親しむ会、漢詩を楽しむ会、楽吟社などの活動が起爆剤となり、柳楽林市会長を中心に「島根吟社」を創立、機関誌「島根漢詩苑」三号を発刊するまでに発展を遂げました。

「石見漢詩を楽しむ会」の方は平成7年、それも島根県吟詠連盟公道流の研修部の活動から始まったささやかなものです。

その未熟な石見が伝統ある「島根漢詩苑」四号からの発刊を引き受ける決断を与えて下さったのが石川先生の尊い一言でした。それは発刊に当っての巻頭言と即興詩を掲載させて頂く旨、快く承諾下さったことです。

その感激の清集は梅霖の晴間に、緑濃き立久恵峡が一望できる不昧公の別荘跡地に立つ渓谷の宿「御所覧場」でありました。石川先生は、お手元の包み紙へさらさらと即興詩「立久恵峡清集」の一篇を賦され、結句に『鴎盟清集在雲州』と誇らしく詠まれたのです。

景勝散策の後勉強会の席上早速、石川先生は「立久恵峡偶成」をご披露、承句に『領得閑々半日情』と感慨を述べられ、すかさず返礼の吟声が響き渡りました。部屋の壁一杯に、全日本硬筆書道一級合格の田高一成氏(出雲漢詩を楽しむ会の会長)が書かれた古今の文人墨客による立久恵峡の詩文が掲げられて墨痕鮮やかでした。

漢詩の素晴らしい世界に魅了された半日の清集でありました。