(2006年11月03日)

第1回二松学舎大学漢詩コンクール

受賞者・受賞作品の紹介

高校生の部の最優秀賞は、栃木商業高校2年の慶野慧豊さん。

栃木商業高校 2年  慶野 慧豊

        
待望雲師送雨来 待望の雲師 雨を送り来り
遙空漸漸起風雷 遥空漸々 風雷起る
蘇生草木天公力 草木を蘇生せしは天公の力
喜色農人叫快哉 喜色の農人 快哉を叫ぶ

慶野さんは「今回はじめて漢詩を作りました。同じ漢字を使えないので困ったが、詩語を選ぶのはとくに窮屈な感じはなく、自分の気持ちを素直に托せるような気がしました」“処女作”について話してくれた。

大学生の部の最優秀賞は、二松学舎大学1年の早川太基さん。

二松学舎大学 1年  早川 太基

遊山亭      山亭に遊ぶ
風吹幽樹響淸泠 風は幽樹を吹き 響 清泠
石磴登來憩小亭 石磴登り来りて小亭に憩う
翠雲生處眺望杳 翠雲生ずる処 眺望杳かなり
驟雨過時山更靑 驟雨過ぐる時 山 更に青し



左から慶野慧豊さん、石川会長、早川太基さん

高校生優秀賞は───

二松學舎大学附属沼南高校  2年 東  瑤子

      
読書居室裏 読書す 居室の裏
晩夏在家郷 晩夏 家郷に在り
雲起遮残曰 雲起りて 残日を遮る
雷声白雨涼 雷声 白雨涼し


福井県立三国高校 3年  由川 裕理

送春有感      春を送り感有り
鶯愁蝶怨落花時 鶯は愁ひ蝶は怨む 落花の時
寂寞傷春説向誰 寂寞として春を傷むを
誰に向って説かん
何耐思君雲樹遠 何ぞ堪えんや君を思えば 雲樹遠し
瓢紅無限入新詩 瓢紅 無限 新詩に入る

大学生優秀賞は───


筑波大学 2年  吉澤 太雅

西湖遊覧      西湖遊覧
風度蘇堤春色宜 風は蘇堤を度り 春色宜し
遊人船上憶西施 遊人 船上に西施を憶う
遙看保俶塔邊嶺 遥かに看る 保俶塔辺の嶺
今日淡粧靑黛眉 今日 淡粧 青黛の眉


二松學舎大学 2年  堀越  仁

山寺看楓      山寺看楓
秋日尋來古梵宮 秋日尋ね来たる 古梵宮
庭前一望滿山紅 庭前一望すれば 満山紅なり
霜楓如錦映斜照 霜楓錦の如く斜照に映ず
度澗鐘聲俗念空 澗を度る鐘声に俗念空し


漢詩鑑賞文の最優秀賞は───

春望を読んで

京都府立嵯峨野高校 1年  宮崎  澪

私は杜甫の春望を読み、まず初めに感じた事は、自然の悠大さ・偉大さ・不変、それに対しての人間の弱さ・儚さです。

国の都として大きく栄えた長安でさえ、人間による戦で破壊され、まさに「栄故盛衰」といった道のりを歩んでしまう。けれども自然、山や河といったものは。戦で被害を受けて傷付いたとしても、滅びることなく強くそこに在り続ける。「国破山河在」という一文で自然と人間のあまりに大きな違い、強さというものを杜甫が強く感じていることがとてもよく分かりました。

戦によって体も心も疲れきっている状態の杜甫にとってこのような自然の悠大さ・強さは、自分はただの人間であり、自然を前にすればあまりにも弱い存在なのだと思い知らされたはずだと思います。

それでもなお、まだ戦は続き、家族とも会えないという環境にある杜甫は、きっと、国がもう一度栄え、戦も終わり、そしてなによりも家族と伴に毎日を過ごす生活を望んだのではないかと私は思いました。

家族にあてた自分の手紙はちゃん届いているのか、家族はみんな無事、生きているのか。それすらもはっきり分からない不安の中、杜甫にとって「家族からの手紙」は唯一の心の支えとなっていたのでしょう。自分の一番の心の支えである家族からの手紙、手紙を通じての家族の想い、それがどれだけ杜甫にとって大切な物か、「家書抵万金」を読めばとても強く伝わって来る気がします。

このときの杜甫は、家族ともう一度会って幸せに暮すため、国家を再建させたい、その役に立ちたいという想いでいっぱいであっただろうと思います。

けれども、杜甫はもう「白頭掻更短」というように、かなり老いを向かえている。そんな戦で傷ついただけでなく老いによっても、「自分」が滅びる時は少しずつ近付いてきている─という、国を憂うる気持ちは持ちながらも、自分にできる事はあまりに少ない、という小さな絶望が「渾欲不勝簪」という最後の一文に現れているのだと私は感じました。

春望では杜甫の、自然の偉大さと自分達人間の弱さ、家族を大切に思う気持ち、そして国家の再建に役立ちたいと思う気持ち──しかし老いを向かえ始めてしまっている自らの儚さ、という様々な想いが込められているのだと、私はひしひしと感じられました。