(2006年07月01日)

犬山城から見る

『扶桑風韻』第3号 秀作  山内 歌子

  春日游美濃
烟霞蕩漾古城西 烟霞[えんか]蕩漾[とうよう]
古城[こじょう]の西[にし]
雨霽農夫鋤野畦 [あめ][は]れて農夫[のうふ]
野畦[やけい]を鋤[す]
濃尾分疆蘇水畔 濃尾[のうび] 疆[きょう]を分[わか]
蘇水[そすい]の畔[ほとり]
汀蘆塘蓼日萋萋 汀蘆[ていろ] 塘蓼[とうりょう]
[ひ]びに萋々[せいせい]

図らずもこの度入賞の栄をいただきました。平素ご指導を賜ります服部承風先生初め諸先生に厚く御}申し上げます。

さて「春日遊美濃」の詩中 古城とは、木曽川の清流を眼下に、懸崖の上に建つ犬山城です。別称白帝城とも申します。白帝城の名称は、この地を訪れた荻生徂徠が、揚子江流域の崖壁上に聳える白帝城になぞらえて付けたといわれます。この城は明治の廃城令で破却される運命でしたが、地元の保存運動と、旧城主成瀬家の努力により残されました。

国宝指定となり全国でも唯一個人私有財産として保存管理されて参りましたが、近年犬山市の管理となりました。

このあたり、川幅も広く犬山城下では、毎年鵜飼が行なわれ、又、ライン下りも出来ます。ドイツのライン河に似ている処から名づけられ、美濃太田から犬山城下まで、13キロ、1時間10分の舟遊びが楽しめます。

濃尾は、又偉大な詩人傑出の地でもあります。 村P藤城 村P太乙 森春涛 森槐南父子又、服部擔風等 等

木曽川の清流に映える堤草、今も残る田園風景、そんな閑かさが表現出来たらと思いましたが、偉大なる先人には及びがたく、表現力の乏しさが目立つばかりとなりました。 今後ともよろしくご指導賜りますようお願い申しあげます。