(2006年07月01日)

夕暮れの境内で

『扶桑風韻』第3号 秀作  山田 治

    訪甲州古跡
甲州山樹已凋黄 甲州[こうしゅう]の山樹[さんじゅ]
[すで]に凋黄[ちょうおう]
日暮停?古戰場 日暮[にちぼ]?[つえ]を停[とど]
古戦場[こせんじょう]
一片舊碑殘壘下 一片[いっぺん]の旧碑[きゅうひ]
残塁[ざんるい]の下[した]
西風颯颯草茫茫 西風颯々[せいふうさつさつ]
草茫々[くさぼうぼう]

数年前の晩秋。武田氏発祥の地とされる韮崎の武田神社を皮切りに、終焉の地大和村までの小旅行をした。最後に訪れたのが、徳川家康が武田家一族の冥福を祈り建立した景徳院であった。既に夕暮れ時で闇がせまりくる境内は、何とも言い難い雰囲気につつまれ、おもわず立ちつくしてしまった。その時の情景を詠んだものです。

最初に浮かんだのが「草茫茫」「古戦場」で、これを念頭に置いて作り始めた。

結句を「旧碑一片草茫茫」とし、転句を「似弔鳥声空涕涙」とした。「古戦場」を承句に、「已凋黄」を起句に入れて、晩秋の夕暮れ時の舞台装置とした。

しかし、転句に問題ありの指摘を受け、再考。もう一度あの情景を振り返り、聴覚をやめ、視覚に改めようと推敲の結果、「旧碑一片」を思い切って転句に入れ、「一片旧碑残塁下」とした。

結句は句中対になるよう上四字を「西風颯颯」として、余韻が残るようにした。「残塁下西風颯颯草茫茫」が服部承風先生の「初学詩偈法」の、転句の作り方にある転句・結句の「十字一意」にかなっている事が確認できた。改めて、基本の大切さを痛感し、「初学詩偈法」を再読する今日この頃です。