(2008年07月01日)

詩語を拾う

『扶桑風韻』第5号 最優秀作  蝸庵  日原 傳
   春日訪友
池塘十里入烟霞 池塘[ちとう] 十里 烟霞[えんか]に入る
垂柳迎風鳥語譁 垂柳[すいりゅう] 風を迎えて
鳥語[ちょうご][かまびす]
兒女争追蝌蚪水 児女は争い追う 蝌蚪[かと]の水
韶光滿處是君家 韶光[しょうこう]満つる処 是[こ]れ君が家

櫻林詩会という若手の育成を目的とした詩会で、石川忠久先生にご指導いただいております。十数年前に入会した時は、まだ学生の身分であったのですが、いつしか大学生の親たちに相当する年齢になってしまいました。

今回の拙作の結句は、言うまでもなく、高啓「尋胡隠君」「春風江上の路/覚えず 君が家に到る」を踏まえたものです。

結句の冒頭に置いた「韶光」という言葉は、春ののどかな景色、あるいは春の光を意味します。これに関しては、成島柳北の詩に影響を受けたと言えるかもしれません。

柳北は明治5年から6年にかけて欧米を漫遊していますが、その時の体験を記した日記体の紀行「航西日乗」に註釈をつける作業を最近までしていました。その明治6年3月24日の条にはイタリアのボローニャからフィレンツェに向う列車の車窓からの光景を詠んだ漢詩が見えます。

 石洞 車を呑み又車を吐く

 蜿蜒たる鉄路 雲に入りて斜なり

 深山 亦韶華の在る有り

 瞥見す 紅桃一樹の花

という七絶で「韶華」という言葉が転句に使われています。パリ滞在中の4月24日の条には「海西二月 漸く韶華」と始まる七絶が見えます。ここでも「韶華」という言葉が使われています。

なお、この句の「二月」は柳北の死後に刊行された『柳北詩鈔』では「四月」に改められており、その変更は「四月」を春とする新暦の季節感の定着を意味するものなのか、一つの大きな問題です。そのようなことを考えながら「韶華」と通ずる「韶光」という言葉を自作に利用した訳です。