(2006年05月21日)

心聲社創立40周年記念漢詩大会

漢詩壇発展のため精魂傾ける100余名つどい賑やかに

青木 みか

平成18年5月21日、心聲社創立40周年の記念大会が犬山市の観光ホテルで開催され東海地区を主体に全国から100余名の騒人が参集した。

当日は霖雨も晴れ久しぶりの青空が広がって人々の顔も明るく、また会場の隣は荻生徂徠命名の国宝、白帝城が聳え参加者の多くは天守閣からの山水の美景を展望することもできた。

大会は午後2時半、社歌の合吟によって開かれ、黙祷、40年の経過報告の後、全漢詩連会長、石川岳堂先生の祝辞の代読に続き来賓として出席された全漢詩連の奥田魚錢東海地区理事と曹洞宗東海管区統監神谷道宣老師が祝辞を述べられた。

石川会長は公務で欠席のため寄せられた賀詩「尾府騒人海内名、桑三之後見藍亭、克継祖武承風在、朗朗心聲千載馨」が窪寺貫道常任理事によって誦読された。

服部承風さんの挨拶

次いで功労者8名に感謝状が授与され、服部承風心聲社主宰と谷口寫℃末ア局長には社盟から感謝状と花束が贈られた。

主宰から「四十は不惑の年といわれるが自らを省みる時、忸怩たる思いである。しかし、耳提面命の指導によって序々に成果をあげているため、今後も漢詩壇発展のため精魂を傾けてゆきたい」という主旨の挨拶があり、また詩「下惟?歳順家風、不問詩篇拙與工、今日悦看壇?盛、一人人樹起衰功」が発表された。

休憩後3時半から約1時間「齋藤拙堂の漢詩における興趣」と題して、齋藤正和斯文会名誉会員の講話があった。

演者は拙堂氏(1797−1865)の玄孫にあたるが、拙堂の1200首の詩から9首を選んで解説された。

清末の愈?[ゆえつ]『東瀛詩選』に拙堂の作品28首を掲載したが今回はとくにユーモラスな詩情のあるものが示された。すなわち拙堂の生きた幕末の激動期において同氏は思想を表現して人々を鼓舞するため文章を綴り、心を癒すため作詩したとのこと、興味深い内容の講演に感銘を覚えた。

その後、新緑が輝かしい陽ざしに映える中庭に出て記念撮影を行い会場を移して五時から賀宴が開催された。窪寺常務理事による乾杯のあと豊嶋肱水山陽吟社代表、青山俊董尼僧堂々長らのスピーチがあった。

祝吟を聞きながら松阪肉や長良川の鮎料理を賞味し杯を重ねたが、七時長谷川雲外老師の万歳三唱に唱和して宴を閉じた。

すっかり黄昏れた蘇江には両岸のネオンの灯が揺らぎ、水面を渡る爽やかな夜風を身に受けながら一行は帰途についた。



40周年記念パーティー

心聲社40年の歩み

「心聲・雅報」22号に、心聲社の40年の歩みが、年表になっている。「昭和四一年(一九六六)五月二十七日創立。事務局を名古屋市西区那古野町の大起ビル2Fに置く」から始って、「平成十八年(二〇〇六)一月、棚田廬風氏(社盟)、近藤邑風氏(社盟)、理事就任。四月「心聲雅報22」〈四十年の歩み〉発行まで、その活動ぶりがA5判8ページに納められている。

機関誌の発行、「擔風詩集を読む会」の開催、夏期合宿研修会、日本伝統詩の里をめぐる旅(九州の日田・耶馬溪)、中国簡体字勉強会など、まことに多彩な活動ぶりがよく伝わってくる。まさに継続は力なり、である。

各地に出来つつある漢詩連盟にとって、格好のお手本になりそうだ。