(2009年02月15日)

より映像的に部厚く

水戸市実行委員会会長賞  郷治光義

     春雨偶得 春雨に偶ま得たり
攬鏡?妝將待誰 鏡を攬[と]り?妝[せいしょう]
  将に誰を待たんとす
霏微暮雨倚窗時 霏微[ひび]たる暮雨 窓に倚[よ]る時
邀郎同傘巷燈路 郎を邀[むか]え同傘す 巷灯の路
甘澤豈惟沾痩枝 甘沢豈[あに][た]
  痩枝を沾[うるお]すのみならんや

(一) 作詩の動機。今冬、結婚50年になる。記念になればと思い、往事の想い出に材を採ることとし、併せてこの際、かねて七絶の作法について試みたいことがあって、これに挑戦することにした。

(二) 所謂「起承転結」の章法を聊か変形というか無視して、表現内容上、3+1=4句の形を採っている。前3句で主人公は、少しづつ場所と時間と所作を変えている。私室→窓際→街路上。第三句で、二人登場になっているが、これは起句で既に暗示されている(将待誰)

 つまり第三句で初めて場面轉換している訳ではない。物象も心象も混然としつつゆっくりと展開しているが、各句は、そのうち表象力の有る場面を剪りとって存在する。

 このようにして、情を内に秘めた景の描写を、三句畳み込むことによって、短詩型を、より映像的に部厚くして、そして、含蓄ある総括=結句を待つことにしたものである。

(三) 読む側からすると右の順序であるが、作者は、最初に、春先の細雨と冬越しの痩せ枝と傘さえ不自由であった半世紀前の貧乏青年時代の体験の三要素とを、七字一句に集約して、人生哲学者風の口吻を用意したものである。

 この口吻に重味を与える為に、前3句を、途中でヨコにぶれないで、タテに彫り込みを鋭くするように、畳み込んで詠じたものである。

(四) 今、唯、若干不安であるのは、果して審査の先生方が、筆者の右のような絶句作法への挑戦を些かでも諒とされたかどうかである。

(五) 蛇足だが、作者は、TVドキュメンタリー制作を業として、30〜40才台を経過した者で、映像構成とコメント執筆には多少の自信を持っている。が、時にそれが出過ぎることもあって反省している。