(2009年02月15日)

船上の華麗な詩会

文部科学大臣賞  吉野 廣
    花下閑詠 花下閑詠
正是春光爛漫時 正に是れ春光 爛漫の時
萬櫻夾水蔭長陂 万桜 水を夾[はさ]み 
長陂[ちょうは]を[おお]
中流上下多遊舫 中流 上下 遊舫[ゆうほう]多し
只載笙歌不載詩 只だ笙歌[しょうか]を載せ 詩を載せず

大阪の桜の宮は昔から桜の名所として有名である。桜満開の時節ともなれば、多くの人出で賑わい、淀川(漢詩では澱江)を上り下りする花見の遊覧船も数多く眺められる。

爛漫の桜の堤から其の風景を見ながら私はフト、これが昔の時代なれば如何なものであろうかと考えてみた。

昔の船は船足も遅く万事ゆっくりした風情の中で風流な味わいを楽しんだ事に違いない。

これに若し、曲水の宴に一觴一詠した三公九卿の歌人たちを載せてみれば如何であろうかと想像してみた。たちまち船上に華麗な詩会が催されたことであろう。

又江戸時代の祇園南海先生を載せればどんな詩会になることだろう等々想像してみるのも面白い。

現代は残念ながら船遊びしながら漢詩を作るなど到底考えられない事であるから。

ただ遊覧船のスピーカーより流れる音楽が騒騒しく耳に残るのみである。そこで眼に見える現在の情景に想像の世界を彷彿して重ねて作詩してみました。