(2010年02月15日)

奥只見に秋月を看る

千葉県漢詩連盟会長賞  上村和男

 奥只見看秋月 奥只見[おくただみ]に秋月[しゅうげつ]を看[み]
蓼花楚楚寂荒園 蓼花[りょうか] 楚々[そそ]として
 荒園[こうえん][せき]たり
古駅天邊月一痕 古駅[こえき]の天辺[てんぺん]
 月一痕[つきいっこん]
誰慰送秋人亦老 [だれ]か慰[なぐさ]む 秋[あき]を送[おく]
 人[ひと][ま]た老[お]ゆるを
江湖紅盡夕陽村 江湖[こうこ] 紅[くれない]は尽[つ]
 夕陽[せきよう]の村[むら]

詩作に関しての一文をということであり、当時のことを想起しつつ報告させていただきます。詩は10月の下旬に紅葉を楽しむ旅の途中、奥只見で出会った出来事を基にまとめた詩である。

日光から鬼怒川龍王峡ラインを通り、会津田島から会津西街道へ入る。山岳の道で大型車両とすれ違うたびに、木の葉は空中で激しく乱舞する。奥日光や会津の燃ゆるが如く映える谷川沿いの林を散策し、紅葉に埋まり楽しい時間を過ごしました。

空が開けて町に入ると、道は鉄道と只見川がほぼ平行して走る。線路沿いの雑草の多い郊外は、人影も無くひっそりとしている。そんな中で蓼の赤い花に気づく。近づくとその花の上の空に一片の月があることに気づく。

起句と承句の中では、古駅・蓼花・月を核とする詩語を用いて構成することとした。転句に誰慰という疑問詞の虚字を用い、疑問に答える管到という方法を用いた。秋も去っていく、私もまた老いてゆく、この思いをいったい誰が慰めてくれるのだろうかとまとめた。

秋の夕陽は山に遮られ、暖かい光は失せて一気に寂しさに包まれる。

「江湖紅尽夕陽村」は、結句より作るとの信念により定めた詩句である。