(2010年02月15日)

大潮の夜の蟹によせて

文部科学大臣賞  關谷 則
   南海月明  南海[なんかい]月明[げつめい]
盛夏風斜南海涯 盛夏[せいか] 風[かぜ][なな]めなり
 南海[なんかい]の涯[ほと]
今宵水畔景尤奇 今宵[こんしょう] 水畔[すいはん]
 景[けい][もっと]も奇[き]なり
幾千蟹卵染波赤 幾千[いくせん]の蟹卵[かいらん]
 波[なみ]を染[そ]めて赤[あか]
滿月在天潮?時 満月[まんげつ] 天[てん]に在[あ]
 潮[しお] 適[かな]ふ時[とき]

遠いインド洋の離れ小島や、日本では薩摩半島から海上五十キロに浮ぶ黒島などで、満月のあとの大潮の夜、蟹が一斉に海辺に来て産卵するという話は、かねてから私の頭から離れない幻想的な光景でした。

「熟田津[にきたつ]に 舟のりせむと 月待てば 潮もかなひぬ いまは漕ぎ出でな」万葉集で額田王にも歌われたように、月の盈缺と海潮の関係というような大自然の息づかいは、まことに神秘的で壮大な詩そのものだと思います。

小さな蟹が本能的にそれに合わせて命の営みを行うという事、今回月≠ニいう題を頂いてそのほんの一端でも描ければと思いました。

ただ私は実際にこの光景を見たことがありません。聞くところによれば、森に住んでいる山蟹が海岸に向ってぞろぞろ出てくる途中では、車に轢かれたり、人間に踏まれたり、又海岸では卵を狙った鳥たちが騒々しく飛びまわっているとか、かなりすさまじい光景も見られるという事です。

蟹にとっては大自然の中で命を繋いでいく上でのまことに厳しい、命がけの行動であるという事も忘れてはいけないと思いました。

この度の過分な榮誉と喜びは先づ、愛すべき横行公子、蟹と分ち合い、且つ感謝を捧げたいと思います。